春日編
***
食事が終わると、春日さんは10冊ほどノートを持ってきた。他にもビジネスマナーの本とかも。
「これ、僕が入社してから勉強に使ったやつ。ノートは仕事中に必要と思った事とかをメモしてある」
「うわ……すごい、びっしり」
パラパラとノートをめくっていくと、そこには几帳面な字でびっしりとなにやら書かれていた。
営業に必要な要素や、相手の信頼を得る為の会話など、細かく綴られている。
「これ、読んでもいいですか?」
「そのために来たんでしょ? 好きに使っていいよ」
―――別にここに来たかった訳じゃないけど……いや、ちょっと来られて嬉しかったけど。じゃなくって!
「ありがとうございます!」
勉強勉強!
「あと、その、新作発表会って、どんな感じなんですか? 私は何をすればいいんでしょうか?」
「去年のDVDがあるから、見る?」
「はいっ」
私の中で今まで経験した事の無い画面の向こうの世界に、圧倒されっぱなしだった。
こんなパーティーって、ドラマの中だけだと思ってた……
大きなスクリーンには各会社の新作化粧品のプロモーションビデオが流れ、音楽に合わせてモデルさんが次々出て来る。一見ファッションショーのような華やかな舞台だけど、化粧品がメイン。
それぞれの化粧品会社の社長やらお偉いさんが壇上にあがって、一言ずつコメントをしていく。美成堂と秀麗の社長は去年欠席だったらしく、社員が代わりにコメントをしていた。
そのコメントをしていたのが、去年入社したばかりの春日さん―――。堂々としていて、とても新人には見えない。
春日さんの美形っぷりに、招待された人たちもため息のような感嘆の声を漏らしていた。そりゃそうよね、こんな綺麗な顔立ちした男の人なんて、滅多にいないもん。おまけのあの、天使スマイル。鬼に金棒ってやつ?
こんな中に私が入って行けるの? しかも今年も社長は出席しないから、会社の顔だって春日さん言ってたし。
「今年もこんな感じだと思うよ」
「あ、あの……今から無理っぽいな〜って、思ってるんですけど……」
だって、あんなにたくさんの人の前に立つってだけで、もうすでに顔が引きつってるし。
「今更何言ってるの? 僕が全部やるから、あんたは僕の隣りで笑ってればいいの」
「そ、その笑っている、という事が無理っぽいと……」
「はあ。じゃあ、誰かに代わってもらう?」
「――――」
誰か? 誰かが私の代わりに春日さんと一緒に――― あれ? なんだろう、今、すごく嫌だって思った……。
胸がもやもやする。
はっとして、私は春日さんを見た。
「なに?」
怪訝そうな顔で私を見る春日さん。
その姿に私の胸は急速に高鳴り出す。
う、ウソよっ、こんな事って……。私、春日さんの事が―――
好き、みたい――――
な、なんかそう気づいたらすっごい恥ずかしくなってきたんですけど!?
「ちょっと、顔赤いけど、どうしたの?」
「ひ、」
「ひ?」
「あ、いいえっ! なんでもないですっ! あの、この本とかノート、お借りしてもいいですか?」
「別にいいけど……」
「そ、それではこれで失礼しますっ! 今日のお食事のお礼は、後日必ず!!」
急いで荷物を掴んで立ち上がると、私は春日さんに向かって勢い良く頭を下げてマンションを飛び出した。
***
どうしよう、どうしよう! 私ったら春日さんの事が好きになってる!? どうして? あんなにオレ様で私にツンケンしてて、バカにばっかりされてたのに! そりゃ、確かに最近は結構話したりしてくれるようになったし、この間なんて新作発表会用のドレス買いにも一緒に行って選んでくれたりしたけど……って、あれ? それって、実は春日さんって優しいって事じゃ……?
「ああ〜〜! もう。何が何だか分からないわっっ!!!!」
私の頭は確実に混乱状態で、家に帰ってからも落ち着かず、結局眠れない夜を過ごしたのだった。