春日編
「ちなみにどちらの?」
「美成堂です!」
美成堂と言う時に思わず少し胸を張ってしまう。だってあの美成堂なんだもん! 白波瀬さんも美成堂という名前に驚きを隠せないようで、思わず目を丸くしている。
「美成堂とは凄いですねぇ! 葉月さんは優秀なんですね」
「いえっ、そういうわけじゃないんですっ。たまたま御縁があって……」
「いえいえ、葉月さんはとっても魅力的な方ですし、美成堂さんの採用担当の方の気持ちも分かります」
採用担当――私を採用してくれたのはあの鬼社長。あの鬼社長の気持ちをこの心優しい白波瀬さんが理解する日は一生ないと思う……なんて言いすぎかしら。更に言うと今日の私が多少なりとも魅力的に見えるのであれば、それは間違いなくカレンのおかげで……ああ、もう! 本気でカレンに感謝!
「で、研修はどうですか? 楽しいですか?」
「はいっ! 分からないことばかりで大変ですけど、でもやっぱり楽しいです」
「そうですよねっ、僕もこの業界が大好きなので、葉月さんにそう言って貰えると何だかとっても嬉しいです」
白波瀬さんが本当に嬉しそうに笑ってくれたので、私も思わず肩の力が抜けていく。
「白波瀬さんはどうですか? お仕事順調ですか?」
「そうですねぇ、ボチボチ――ですかね。葉月さんは具体的にはどんな事をなさってるんですか?」
「あ、私は今は新製品の営業部の方にいます」
「営業ですか。それはまた大変な部署ですね」
「そうですね。分からないことだらけで上司に怒られてばっかりですけど、やりがいがある仕事だと思ってますし、楽しいです!」
「いいですね。仕事が楽しいと感じられるのは本当に素敵な事ですから。新製品だとヒットした時の喜びもなおさら大きいですし」
ヒットした喜び――うん、味わってみたいな。ていうか味わえなかったら私の就職戦線も終了なんだけど……。
「開発している段階から欲しくなってしまう商品で。完成が今から楽しみなんです」
「素敵な商品なんでしょうねぇ」
「はい! とっても魅力的なリップグロスなんです!」
「ふふっ、楽しそうで僕も関わりたくなっちゃいます」
「私も白波瀬さんみたいな方とお仕事出来たら、凄く嬉しいんですけど」
私がそう言うと、白波瀬さんは一瞬目を伏せた――ように見えた。けど、気のせい、かな?
「うちに来ませんか?」
「え?」
「なーんて、僕が社長だったら言えるんですけどねぇ」
そう言って苦笑する白波瀬さん。なんだか胸の奥でドクンと音が鳴った気がする。
「そう言えば白波瀬さんはどちらの会社なんですか?」
「いや〜、美成堂さんの前ではもう弱小も弱小なので。内緒にさせておいて下さい」
「そんな事……」
「でもっ! 心意気だけは負けてませんよ〜」
「あははっ」
白波瀬さんと話しているとリラックスしている自分がいる。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、私と白波瀬さんは楽しいひと時を過ごした。