就職難民 黙って俺についてこい!
「お前カメアシ欲しがってたろう。どうだ? こいつならすぐにでも付けてやるぞ」
「へぇ……。君、カメラ好きなの?」
少しだけ逡巡するような態度を見せた後、ふいにこちらを向いて訪ねてきた市来さんに、私は戸惑いながらも正直に答えた。
「え……っと見るのは。撮るのは……全然詳しくないです」
「はあ、つまりズブの素人ってわけだ」
「……はい」
市来さんから与えられた評価に思わず小さく頷く。だけどしょうがない、ここで嘘は吐けないもの。紛れもないズブの素人なんだから。なのに写真部に連れて来る社長が悪いのよ! なんてこっそりと責任転嫁をしてみたものの、肩身が狭くて思わず視線をそらした私を社長が親指で市来さんに指した。
「どうだ?」
「いりません」
社長の問いにあっさり答える市来さん。
「そうか?」
「素人下に付けられたら、俺の仕事が増えるだけでしょう。冗談じゃない。もうちょっとマトモな子連れて来て下さいよ」
「そうか? こいつ、なんでも言う事聞くらしいぞ」
「またまた」
「いえっ! 私、なんでもしますっ! 絶対に結果は出して見せます!」
確かにズブの素人だけど、“もうちょっとマトモな子”とか言われたらなんか、なんかこう私の負けず嫌い精神に火が着いて、思わずそう答えていた。そうよ、女に二言はない! 何の仕事だって結果は出すって決めたんだもの! ――さっきの営業の人はちょっとアレだけど、営業でだってどこだって絶対結果を出してみせるんだから!
そんな決意を胸に秘め、私はグッと背筋を伸ばし市来さんの顔を正面から見据えた。私の視線を真っ向から受け止めると、市来さんは気だるげに口を開いた。
「……君、なんかアレだね。借金のカタに売られた長屋の娘って感じだね」
「ぷっ」
市来さんの言葉に社長は思わず噴き出した。あ、社長ってこんな風に笑ったりするんだ~……ってそんな事に感心してる場合じゃない! こっちは一流企業に就職というご馳走か一生ここで清掃員さんかという瀬戸際なのだ。借金のカタじゃないけど、そりゃ必死にもなる。それにしても長屋って……そんな言葉ひっさしぶりに聞いたわよ~!
「まぁいい。考えておいてくれ。葉月、次行くぞ」
怒りやら戸惑いやら決意やらで、くるくると表情の変わる私を、まるで玩具を見るような目で見下ろしながら、ヒラヒラと手を振る市来さんに頭を下げると、社長と共に写真部を後にした。
部署の候補は3つって言ってたわよね。残りは1つ……。どうか次の部署の人はいい人でありますように!
そんな風に願っている間も、社長は同じフロアの奥の方へと歩みを進めている。
作品名:就職難民 黙って俺についてこい! 作家名:有馬音文