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就職難民 黙って俺についてこい!

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 どれくらい走っただろうか。しばらく車に揺られると、ふいに静かに車は停まった。窓から外の様子を伺うとそこには真っ白なビルが見えた。この瀟洒なビルには見覚えがある。テレビや雑誌で見たままのその佇まいに、私は反射的にごくりとつばを飲んだ。

 『美成堂』

 日本人女性なら知らない人は殆どいないのではないかと思われる、老舗中の老舗化粧品会社。都会の一等地に自社ビルを構え、年商は数百億をゆうに越える世界を股にかけるその会社は、今、私の隣にいる御影山社長で5代目だという。

「行くぞ」

 社長に促されるまま車を降り、外装と同様に白で整えられた綺麗なエントランスに入ると、これまた美人な受付嬢2人が笑顔と共に挨拶をされた。

「おはようございます。社長」
「おはよう」
「あ、お、おはようございますっ」

 慌てて私も挨拶をする。社長の後ろに付いている、得体の知れない私に向っても受付嬢の2人がにっこりと微笑みを返してくれて、なんだか少し安心したのも束の間、白を基調としたまるでドラマの撮影にでも使われそうな雰囲気のエントランスに、思わずキョロキョロと辺りを見回していると、社長がどんどん奥へと歩みを進めていくのが見えた。
 いけない! このままじゃはぐれちゃう! 初日から会社で迷子なんて笑い話にもならないと慌てて後を追いかけて、私も何とかロビーに辿り着く。
 ロビーも思わず息を飲む美しさだった。エントランスよりさらに広くて綺麗だし、同じブランドで整えられた調度品の全てが実に品が良い。

「おはようございます」
「おはよう」

 ロビーのあちこちから色んな人達が社長に挨拶をしてくる。そして案外律儀にあいさつを返す社長の横顔を眺めながら、私はちょっとだけ感心した。
 なんか偉そうな所しか見てないから、挨拶なんて無視するのかと思ってたけど、結構マメなのね……。
 そんな事を思いながら社長の後を付いていると、ロビー奥、5機並んだエレベーターの前で、社長がくるりと私の方を振り返った。

「さて――今、人材を欲している部署は3つだ。お前にはその中から一つを選ばせてやろう」
「えぇ!?」
「なんだ? 不服か? 後から無様な言い訳など聞きたくないからな。自分の道は自分で決めさせてやろうと言っているんだ。社長からの有難い恩恵だぞ。少しは光栄に思ったらどうだ」

 いきなりの提案とその内容から、急速に圧し掛かってきたプレッシャーで言葉も出なくなり、ただ口だけがパクパクと水揚げされた魚のように空気を求める。
 ど、どうしてこんな事になるのよ! ――いや、私が大見得切ったからなんだけど。だけど! いきなり3つの部署から選べだなんてっ!!
 動揺する私を見下ろし、小さくため息を吐いてから社長は丁度開いたエレベーターに私を誘った。

「馬鹿みたいな口をやめろ。さっさと行くぞ。ついてこい」

 また馬鹿にされた! と思いつつ、慌てて口を引き締めて社長と2人でエレベーターに乗り込む。
 く、空気が重い……。会話もなく沈黙が支配する2人っきりのエレベーターに息が詰まる。早く目的の階についてほしい。
 1秒が10秒にも感じられる時間を耐えると、エレベーターは心地よく止まった。廊下へ出ると、社長はくるりと辺りを見回す。

「まずはそうだな――こっちだ」

 そう言った社長の後についていくと、そこには営業部の文字が。