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秋月堂 / max
秋月堂 / max
novelistID. 17284
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ドラマチック・デスティニー

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 斎藤由貴さん。部長。前述した口調と同様に、ユルい先輩だ。とはいえ、僕は彼女に誘われて演劇部への入部を決めたのだからここはもう、素晴らしい先輩であると言わざるを得ない。……言わざるを得ないのだ。以前、それ以外の評価をクラスメートに話したところ、バレてその日の部活で懇々と三十分かけてユルくお説教されてしまった。私は演劇にかけては常に本気なんだから、それだけは言っておいてねー。と。
 それをあの眼力で見つめて言ってくるのだから参ってしまう。日常会話や生活態度において必要とされるであろうしっかりさのような観念を、全て視線で殺す力に注ぎ込んだかのような真っすぐさに僕はあっさりと陥落されてここへの入部を選んだのだ。眼前三十センチに迫られて入部せよー、と命じられてはどうしようもなかった。
 ……という少し前の思い出話をよぎらせるような、力強い目線。それでもって彼女は、大事な話をしまーすー、と前置いて話し始めた。
「ではー」
 コホン、と咳払い。
「むっくんとのんのんにクイズですー」
 クイズ?
「今から私たちは、何に取り組むべきなのでしょーかー?」
「走りこみですっ!」
 なんの即答だよ、と僕と鉄山先輩が即答のツッコミを入れる前に成海さんは即答の上塗りを敢行する。
「というのは冗談です。答えはもう少し考えてから言います」
「はいはいー。むっくんは?」
 そもそもこの人は僕のことをむっくんと呼び、成海さんのことをのんのんと呼ぶ。
 この奇妙なあだ名は入部初日から不思議と心に馴染んでいて心地よかったりする。
「真面目に答えちゃっていいんですか?」
「もーちろんー」
「いい加減、演劇に真面目に取り組むべきだと思います」
 別に、斎藤先輩がユルい性格だから部活動までユルくなってしまっているってわけじゃない。ただ、そろそろ演劇らしい演劇、というか、たとえば台本の読み合わせだとかいう、らしい練習にも手を出していいのではないのかなと思うだけだ。この一ヶ月間、発声練習や基礎体力作り、あとミーティングと称したおしゃべりだとか趣味の充実した時間だとか、そんな過ごし方だけをしてきたのだ。
「おっ、言ってくれるじゃないむっくんー」
 むふふふーと妖しげに笑いながら斎藤先輩は、前置き無しにポーズつきの指パッチンを繰り出した。
「…………。パチンー」
 音が鳴らなかったために声で補足しつつ、彼女は鉄山先輩に指示を飛ばした。
「宍道、あれをお願いー」
「はいよ」
 なんだなんだ、横断幕でも展開させて大々的な発表をするつもりなのか。鉄山先輩謹製の横断幕とか無駄に凝ってそうでかなり期待大なんだけど。
 出てきたのは変哲などどこにもない、ごく平素な段ボール箱だった。
 事態についていけない僕と成海さんを置き去りに斎藤先輩は段ボール箱を無造作に受け取った。
「さー」
 その段ボール箱を床に置いて、
「今日は重大発表がありますーっ!!」
 斎藤先輩はその上に飛び乗って、右手を高く掲げて天を指すポーズを決めた。
 全員の視線がその指先に集まり、意識は一体どんな発表があるのだろうかとワクワクに満たされた。
 かつてないほどの――心地よい――緊張感に満たされ、一三三教室は張り詰めた。
 …………うん。
 そのはずだった。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
 こっそりと頭を抱えて(こんな目立つ行為をこっそりできるのだろうか?)、僕は状況をざっくりと観察した。
 段ボール箱はまあ、陥没している。当然だろう。三歳児とかならともかく、十六歳にまで成長した女性の体重をどれだけ軽く見積もったとしても、それの飛び乗った衝撃を耐えられるとはどう考えても不可能だろう。イナバ製のダンボールだったとしても無理だ。
 斎藤先輩は耳まで真っ赤にしてポーズそのままに固まっている。その硬直には普段のユルさは微塵も見受けられない。
 鉄山先輩は、顔を覆っている。だが表情は透けて見えた。恥ずかしいのだろう。
 成海さんはうつむいている。ついさっきその目線を真っすぐさせた努力はなんだったのだろうか。今は肩を震わせて声を殺している。殺そうとしている。殺しきれないでいる。
 ……ん?
「…………ぷふっ」
 沈黙が終わった。成海さんが殺そうとしたのは声ではなかった。この場の静寂だ。
「ふふ、あは、あははははははっ! 由貴せんぱーい! 無理! 無理がある! あはははは!」
 黙りこむ三人をよそに成海さんは笑い転げる。抱腹絶倒――箸がメガトン級に転がったように。
「なんでその段ボールチョイスしたんですか、なんでなんですか! そこら中に机も椅子も教壇も散乱してるじゃないですか、なんでなんですか! あーははは!」
 ひー、ひー。息継ぎがてら休憩を挟む成海さんのその姿のほうがむしろ笑えたのは事実以外の何者でもない。だがここで笑ってしまうとそれは完全に斎藤先輩を笑ってることとなってしまうだろう。なんとしても避けなくては。堪えなくては。成海さんと違って僕は出来た後輩なのだ。クールなのだ。くっく。
「あはははは、あは、あ……あーはっはははは! あははは、は、ははっうぇぇっぷ。ははは! 途中でゲップ出たあはは」
「ぶふっ!?」
 堪えきれるかバカ!
「いーのよいーのよー。どうせ私なんてこんな風にしかならない人生だしー……一年生に馬鹿にされちゃうようなダンボール破壊少女だしー」
「破壊少女! あっははははははははは! 由貴先輩のネーミングにしてはあはは派手すぎ」
「そんな強かったんですか斎藤先輩くくくくっ」
「壊すつもり満々じゃないひひひひひ!」
「イヒヒ笑いやめて成海さん!」
「分かったわ早島くんあはははははははは!」
「……まぁ、落ち込むなよ由貴」
 鉄山先輩の慰めがどこか遠くに聞こえる。
「次は、上手くいくさ」
「フォローが雑」
「ぶふふっ!?」
 ぼそりと成海さんは何を被せてやがるんだこの成海め!
 だが、斎藤先輩の独白はそことは関係なく変な方向に進み始めた。マジに変な方向に。
「やっぱり真面目な話するときにはふざけちゃいけない運命なのねー。思い出すわー、中学三年の合唱コンクールをー……」
「いやアレは思い出さなくてもいいんじゃないかな?」
 瞬時に鉄山先輩の顔面の皮膚が青く染まるが、涙目の斎藤先輩は話をやめようとはしなかった。
「指揮者だった私はピアノを弾いていた宍道のことを本当に信頼して棒を打ち振るっていたわーそしてその合唱が終わって、客席に向けて私が一礼した瞬間ー……」
「いやマジで」
 このタイミングで斎藤先輩の指パッチンは成功した。そこが成海さんのツボに再度ハマる。話は続く。
「……金ダライがなぜか私の頭に自由落下してきたわー。さすがに崩れ落ちる私ー。爆笑と静寂がありえない密度で混合された異様な雰囲気の体育館ー。すべてはこの宍道の悪ふざけが元凶だったのー」
 歌うようにワケの分からない思い出を語る斎藤先輩と、その目を見られない鉄山先輩の対称性が光る一三三教室。彩るのは一年コンビの笑い声だ。
「誤作動だったんだ。オイシイとは思ったけど」
「ウチのクラスは結果として、優勝・爆笑・そこまでやらなくてもいいで賞の三冠に輝いたわー!」
「ひー! ひー!」