ドラマチック・デスティニー
「何やってんですかアンタらは……」
「そんな私たちしかいない演劇部に入るなんて、二人とも、相当アタマがイカれちゃってるとしか思えないわよー! やーいやーい、同類、同類ー!!」
そこで反撃に入るのか! 想定外の攻撃に僕は足元がガクガクになるほど衝撃を受けた。主に笑いすぎで足腰が立たなくなっているのだ。
「同類かどうかはさておき。あと由貴のイカれたテンションも一緒にさておきにしてだな……」
ため息混じりに鉄山先輩はこんなことを言ってくれた。
「正直、俺は新入部員なんか入ってくれないんじゃないかと思ってたんだよ。何せ一気に弱小になっちまったし。新歓でも何もできなかったしな」
「そんなことないですよ。私、熱意感じましたもん」
成海さんもそんなことを言う。
確かに新歓での二人の舞台上でのフリートークにはちょっと感じ入るものがあったのは間違いない。あれを聞かなかったら僕の中に演劇部だなんていうフレッシュすぎる発想は生まれなかったわけだ。
「のんのんがそう思ってくれるのは本当に嬉しいわー。それに、熱意っていうなら、私だって同じよー」
斎藤先輩が僕と成海さんを見つめる。焼けそうなほどの力で。
「だからねー」
指先をくるくると回しながら、
「今年は、お二人にお任せしちゃおっかなーって思ってるのー」
彼女はそんな断言をしてきた。ウインクまでプラスして。
だが。
僕はこの言葉に反応することは出来なかった。どちらかというと、反応するべきではなかった。何故かというのを説明している暇は無かった。
「何の話ですか?」
成海さんが素早いからである。だが斎藤先輩も今回ばかりは反応が素早い。素早さ合戦だ。
「夏大よー!」
くるくる回した指先がブイサインにパワーアップする。そのまま二本指でくるくる回るのが非常に気になるが、ともあれ斎藤先輩の話は続いた。
「幸いにして、今年の一年生はイチから全部作れるメンバーが揃いましたのでー。もうこれは来年以降の発展も見越して先に実践訓練しちゃおーとゆー」
「あの、話が飛躍しててついていけてないんですけど……」
一応割り込んでおく。大体分からないでもないが、こう、真意が見えないというか。
ちなみにここまでで斎藤先輩が告げてきた内容を読み取れた範囲で要約するとこうなる。
演劇部最大のイベントは言うまでもなく、夏休みに行われる夏の大会である(通称を夏大という)。地元高校演劇部が十校ほど一堂に会して執り行われる、いわゆる地方大会のようなものである。優勝した高校は一ランク上の大会への出場権を得られるという単純な構造をとっている。
去年、我らが(僕らの入学前の)織田高校演劇部は特に賞をもらえることもなく地方大会で沈んだわけだが、斎藤先輩には何やら野望があるのかないのか、今年の夏の大会――夏大を僕と成海さんに任せようとしているようだ。曰く、イチから全部作れるメンバーが揃いました?
つまり、主演女優と、オリジナル脚本を書けるメンバーということか?
まぁ、なんというかこう、願ったり叶ったりだ。ついさっき心に決めたことを、もう現実のものとして動かしていけるというのだから。
(ひょっとしたら、斎藤先輩はすごい人なのかもしれない……)
いや知ってるけど。この人がすごいのは。
「むっくん、話はとても単純明快なのよー?」
「でしょうね」
「二人が素直にやりたいことをやってくれればいいのー。私たちは、それに付き合うからー」
斎藤先輩が視線を鉄山先輩に投げかける。
その瞬間の、僕にまだ目線を置きながら振り返る一瞬の流し目を、異様に長い時間に感じながら。
僕は疑問をぶつけ――
「でも、それっていいんですか?」
だから成海さん早いっつの。
「先輩たちだって、去年できなかったこととか、一年考えてきたとかあるんじゃないですか? そういうのやりたいとか、あるでしょう?」
「もちろんあるさ」
鉄山先輩が目を閉じて数え上げる。
「去年、あーしろこーしろと口うるさかった審査員どもを今年は黙らせてやりたい。賞だって本当は欲しい。少人数でじっくりと練り上げる完成度の高い舞台を作りたい。見ただけですげーって分かる衣装も作りたい。みんなで楽しくわいわいやりたい。他にもあるが――」
一息ついて、彼は結論を口にした。
「このあたりは、一年チームに任せてやることと、共存するだろ?」
「成海さん」
先輩に返事をするのは野暮ってやつだ。僕は即断した。
「私たちが先輩の意志を受け継がないとね、早島くん」
「早ええ」
「聞いた内容全部、私がやりたいことと一緒。だから、私は全力を出すわ。早島くんは?」
成海さんの声は底なしに天井知らずに無制限に――力強い。真正面から、それを浴びせられる。
まぁ……なんだかんだと話したりしたが。
僕はようやく、安堵できた。自然と笑みもこぼれる。
「さー、私と宍道……そしてのんのんの決意も固まったみたいねー。あとは、むっくんだけよー?」
もう斎藤先輩の眼力も必要ないようだ。柔らかい視線。それに包み込まれる気分で僕は窓の外を流し見た。そよ風が目視できる。葉桜を揺らす透明の意志。目に見えないもの。でも、目に見えるもの。
突き動かされた結果生まれるその行動は、確かに手にすることができる。
つまりは、そういうことだ。
「やってやろうじゃないですか。僕も、燃えてきましたよ」
実はもうとっくに燃えていたけれども。
「せっかくですから、とびっきり素晴らしい舞台を作りましょう。僕らで」
「よし、乗ったー!」
「俺らが全部支えてやる。好きにやれ」
「――早島くん」
先輩二人の短い言葉をゆっくりと待って、成海さんは右手を開きながら掲げた。気づいて僕もニヤリと右手を掲げる。
パン、と小気味よく手を打ち合って、彼女の言葉を僕は聞いていた。
「約束ちゃんと守ってね?」
もちろん。
僕は君にしかできない役を捧げるよ。なんてね。
照れくさくても、それはきちんと言っておくべき言葉だったと今、思うんだ。
作品名:ドラマチック・デスティニー 作家名:秋月堂 / max