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秋月堂 / max
秋月堂 / max
novelistID. 17284
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ドラマチック・デスティニー

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 歩みを少し速めて成海さんに追いつく。その表情はやっぱり笑顔だった。
「誰が上手だろうと、誰が下手だろうとやる気が無かろうと、あんまり関係がなかった。ただただ、私が演じたいと思える代物じゃなかった。ただ、それだけ」
「どんなのがやりたかったの?」
 純粋な疑問。
 この人は、何に興味があるんだろう、と。
 成海さんはあっさりと答えた。
「私じゃない誰かを演じられるものを」
「自分じゃない誰か……」
 それならドキュメンタリーを舞台にでもしない限り、全てそうなのではないだろうか。とかつまんないことを口にすると彼女の機嫌を損ねてしまうのは明白だ。もう少し言い切れていない意味があるのだろう。
「具体的にこんな役がやりたい、とかがあるの?」
「うーん。そういうのじゃないんだけどね。ただ、私じゃなくちゃ演じられないくらい、私からかけ離れた、すっかり別種の人を演じたいのよ」
「うーん」
 難解な。
 成海さんならでは、と言わしめる程に彼女とは似ても似つかない? なかなかに相反している。
 彼女は説明を続けてくれた。
「私って、つまんない人間でしょ? 真面目くさっちゃってさ。ほんのひと時だけでもいいの。そうじゃない自分になりたいってだけなの」
「真面……目……?」
 思わず頭を抱えた。
「あーあーそーゆーこと言っちゃうんだー。いーもんねー。早島くんに話した私がバカでしたー!」
「いや、もうちょっと何か言い方あったでしょ真面目ってどこから引っ張り出してきたのさ」
「どこって、私の内外から溢れ出て止まないオーラを一言で表現したのよ」
「ミス!」
「ふっざけたツッコミ決めてくれるじゃない!?」
「……早島睦月は逃げ出した!」
「大魔王から逃げられるとでも思って!?」
 そのままなし崩し的に追いかけっこが始まればそれはそれで、人呼んで青春、っていうアレだったのではなかろうかと思うが。
 正直に言って、僕からしてみればありがち過ぎて似つかわしくないと思う。成海さんもそう思ったことだろう。彼女は本当に逃げるために走り始めた僕とは違って、一歩もその場を動こうとはしなかった。動こうとはしなかったのだ。うつむいていた。
「えっ……と」
 何か、触れてしまったのだろうか?
「いや、別になんでもないのよ?」
 そう言ってくれたのだけど。
「なんか、ごめん……?」
「いいのいいの」
「成海さん」
 呼びかけに対しての反応は、希薄だったのだろうか。ぼうっと、目を向けてきた姿は、初めて見るものだったと思う。
「まぁ、こういうこと、ってね……」
 またうつむく。しかも、歩き始めてしまう。
 一三三教室へ、演劇部の部室へ向けて。
 つまり――
(間に合わせないといけないのか。これは、僕の責任? いや、どっちかっていうと)
 僕にしかできない何か、ということだろう。
 簡単なことだ。こんな成海さんの姿を鉄山先輩や斎藤先輩に見せるわけにはいかない。僕自身、見て欲しいと思うはずも無く、成海さん本人からしてみれば尚更のことだろう。だから、それまでにうつむいた彼女の目線を真っすぐ、いつものように前を向かせないといけない。そう、簡単なことだろう。
 やや歩調が速まった。無意識だろう。そう断定しないといけない。急いではいけないのに、それも分かってないのか彼女は。
(成海さんは何を言った? 最後の言葉は、まぁこういうこと、だった……こういうこと?)
 どういうことを言いたかったんだろう。
 うつむいた彼女。こういうこと?
 勘違いしてはいけないのだろう。もししてしまえば答えを間違える羽目になる。成海さんは一度、こちらに目を向けてくれた。その目はぼうっとしてはいたが、決して泣いてはいなかった。
 あの顔はなんだった?
(諦めていた? 受け入れていた?)
 ……何を?
「ねえ、ねぇ……成海さん」
「…………?」
 視線だけで疑問を語ってきたか。でも、簡単に負けるわけにはいかない。
 一撃で決めなければ。
「自分のことが、嫌いなの?」
「好きじゃないわ」
 外したけれど間に合いそうではある、と判断する。
「でも、好きになれる人なんて、そんなに思いつかないんじゃないかな」
「そうね。でも、私そのものでなければそれで十分なのかも」
 見上げた。太陽の輝く空を、成海さんは確かに見上げて、その視線を固定した。
 ……まだだ。そっちじゃない。前を見てこそ成海さんなのだから。
「僕には、全然分かんないけどさ」
 ひとつでも、彼女に捧げる答えを見つけなければいけない。
「演劇をして、成海さんが自分以外の誰かになりたいのなら、さ」
 それも、僕にしか出せない答えを、だ。
「僕に、それを手伝わせて――いや、やらせてくれないかな?」
「早島くん……?」
「僕がきっといい役を演じさせてあげるよ。そんな脚本を書くから。成海さんが望む、一番いい話を書かせてよ」
 僕らの演劇部は、きっと今、それをしないといけないんだ。
「成海さんは真面目だよ。さっきはああ言っちゃったけどさ。でもつまんない人なんかじゃない、絶対に。僕らなら何か凄いことができる気がする。そう思わない?」
「う……ん。そうかも」
「でしょ?」
 言ってみれば、それは簡単な答えではなかった。
 ただ単純な答えだったのだ。
「いつか、そうしよう」
「早島くん……」
 彼女は、ゆっくりとだったが、僕の目を見てくれた。うつむくでもなく、空を見上げるでもなく、ほぼ真っすぐに視線を向けて。
「……言うことがいちいち、クサいわ」
「痛恨の一撃ここで決めてくるのやめて……」
 今度は僕がうつむく番だった。
 こっ恥ずかしくて泣きそうではあるが、成海さんが少し笑ってくれたからまぁいいかと納得する程度には余力が残っていた。

「あ、帰ってきたー」
 十五分ほどで部室に戻って来れたようで、これならばまあまあ長く部活に勤しめるだろうというところだ。加えて、部長の斎藤先輩も進路指導が終わって到着していたようだ。鉄山先輩に事情をあらかじめ聞いているのか何を問うてくるでもなく気楽に手を振って僕らを迎えている。
 一言で報告を済ませておこう。
「今日の成海さんの気まぐれ、終了です」
「ちょっとちょっと早島くんそれどういう意味よ!」
「どうもこうも」
「まだ続くわよ! 気まぐれ!」
「ダメだろもう!?」
 しかし本気な様子を見せつけてくれる成海さんはうーむと腕組みをして次の作戦を練り始めたらしい。どう考えてもさっさと通常営業の部活を始めたいところではあるけども、腕組みをすることによって胸元が図らずも寄せて上げられてくれたので役得である。
「早島くん?」
「なんでもないです」
「……何がよ」
 これが巷で噂のジト目ってやつですかと目を逸らしながら僕は沈黙を決め込んだ。
 成海さんも疑いの眼差しを加速させつつも、そこまで気にしない感じにまとめてくれたらしい。こっちも心拍数が爆発的に上昇してまともに思考することもできない。
「で、もういいかなー?」
 成海さんと話しながらだと、際立つというよりも落差に戸惑いを生む斎藤先輩のユルい口調が、こちらの会話を無視しつつも穏やかに呼びかけてくる。