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秋月堂 / max
秋月堂 / max
novelistID. 17284
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ドラマチック・デスティニー

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「せせせせせせ、先輩ぃぃっ!? なに、何をしてるんですかあ!」
「でけぇ声出すなよ」
 言葉だけで制止してくれればいいものを、ご丁寧にこちらの唇に人差し指を触れさせてくる。有無を言わせぬ制止、いや静止。
 もしかしたら生死かもしれないと青ざめた思考がたどり着いたころに鉄山先輩は追加の攻撃をしかけてきた。
「こういうのも……悪くないだろう?」
「悪い! 悪いです!」
「俺には……悪くない」
「知らねーですし、やっぱりアンタが悪いんじゃないのかこれー!」
「悪くねえよ。むしろイイよ」
「はっちゃけ過ぎでしょ先輩! なんなんですか急に!」
「なんなんですか、って早島……そりゃもちろん」
 離すまい、としていた両腕を解き、僕が距離を十分に取るのを確認してから鉄山先輩はしれっと言い放ってきた。
「エチュードだよ」
 エチュードとは、ご存知のこととは思うものの、即興劇のことを指す言葉だ。
 瞬発的な演技力を鍛え上げるために、というか舞台上での度胸を付けるためだと僕は解釈しているのだが、とにかく我らが演劇部ではこのエチュードを重点的に練習する風潮がある……らしい。少なくとも先輩たちより上の世代から続いている伝統ではあるらしい。
 とはいえ。
「いや、これは確実に悪意のあるイタズラでしょ! エチュードだとか言うならもう少し格式を持って、練習としてやりましょうよ」
 たとえば、ある程度のテーマを決めてからスタートするとか。
 たとえば、ある結末に向けて、決してありえないシチュエーションから始めるとか。
 やり方はいくらでもあるが、この場合は即興にもほどがある。というか、即興であるだけで即興劇とは言えないのではなかろうか。
「細けーな。いいんだよそんなのは」
 また腕を広げて鉄山先輩が一歩近づいてきたので僕はあっさりと三歩ほど下がった。
「つれない後輩だな。由貴に言いつけておいてやるよ」
 ははは、と笑いながら鉄山先輩はまた裁縫に手を付けはじめた。
「やめてくださいよ」
 それにしてもマイペースな人だ。もうこっちに見向きもしていない。
 ここは僕もそれに倣っておかないと疲れるだけなので、自分のやりたいことでもやっていようと、文庫本を取り出した。
「………………」
 僕、早島睦月の最大の特技を問われれば、それは「しおりをはさんでいなくても読んでいたページを一発で開けることができる」ということに他ならない。
 つまりは、その程度には読書を趣味として嗜んでいる。
 今日もその特技を最大限に活かしつつ、二百二十六ページを指の感覚だけで開けてみせる。
 これは誰も知らない……知ったこっちゃない技能なのだ。
 触覚の発達は、同時に視覚の力を奪い取っていったようで、僕の視力は途方もなく悪い。医者からは失明寸前と言われる寸前までいったし、ぴったり合う眼鏡もコンタクトレンズもまず無い。
 とはいえ、読書はやめられない。
 物語の世界に浸っているときは幸せだ。
 この気持ちを文学的に表現しようと苦心したこともあったが、結局はこういうシンプルな言葉が最も正しいのではないだろうかと思ってのこの結論だ。
 で、親からも友達からも、本を読むのが好きなのは良いだの、誰かに自慢できる趣味だと思うだの、いやでもそれはちょっと極端すぎやしないか少しは休んでみるのもいいんじゃないのかだの、遠回しに僕の趣味を否定されたことがあって、それ以来僕は時々読書を休む時を作るようにしたのだ。
 ……読むのがダメなら書けばいいじゃない。
 その頃には誰も僕の趣味に口を出す人はいなくなっていた。完全に諦められたのだと思う。
 これは都合がいいと、せっかくなのでその趣味を活用できそうな部活を探したのが一ヶ月前のことで、その対象に選んだのが演劇部だったというわけだ。
 文芸部もあるにはあったのだが、読むだけなら家でも出来るし。
 もう少し新しいことに挑戦してみたかったのだ。
(しかしこの人の書くギャグはどこまで異次元なんだ……真似しようとしても出来ないし真似られたとしてもパクリがばれるし、一体どうやって取り入れれば)
 最近はこうして誰かの文章を分析することが増えた。
 昔は物語の世界に没頭していられたのだが、どうにも書き始めてからそうはいかなくて、それが悩みの種となっている。
 まぁ、一度読んだ本を読み返すのにちょうどいい新たな視点ではあるけれども。
(とはいえ、ギャグは大事だ。笑いだもんな。笑わせてこそのシリアス)
 持論を脳内に展開したところで、
「おはようござーいまーす」
 ガラリ。
 この教室のドアは音声機能でもついているのかという誤解さえ招くレベルで、ガラリ。と開く。誰がどうやっても。
 それはともかく入ってきたのは、成海さん。唯一の同期部員。
 成海乃々香さんはクラスこそ違うものの、わざわざこんな異端な部活をチョイスするあたり、やはりどこかシンパシーを感じるところがある。地味な僕とは違って結構派手好きなところもあるし、制服で一番かっこいいところはネクタイをピチっと締めているところだと思っている僕とは対極に、シャツのボタンは上から二つは開いていないと発狂してしまいそうな程の彼女。髪も茶髪にしたいそうだが、担任に止められてヤケになって真っ黒に染めたらしい。元々綺麗な黒髪だったのに、だ。
 読書を生涯の伴侶として決めた僕に宣戦布告するかのように、成海さんはドラマや舞台をとても好むらしい。生身の人間が誰かを演じる。そこに言い知れぬほどの感激があるそうだ。想像力こそ全てと思い込んでいた僕にとってそれは知ってはいたものの、新鮮な価値観として舞い降りたと言える。それに、そういった趣味趣向であったほうが、演劇部に属するには極めて適切であると言わざるを得ない。むしろ僕が不純だ。
 カレーは辛口に対して、それよりも辛口な批評をする。それから激辛(五十倍が最低ライン)を注文する。甘いものが嫌いと豪語する変わった女の子だが、僕がパフェをおいしそうに頬張っているのを恨めしそうに見てきたりする。何がしたいんだ……
 そうして、成海さんはこの一ヶ月間、その小さな体のどこにそれだけのエネルギーが詰め込まれているのか分からないほど演劇部の中で輝きを放ってきた。このエネルギー総量は、身長が二百メートルくらいないと搭載しきれないはずだ。
 今日も彼女は彼女らしいとしか言いようがない。その有り余りすぎた感情を全世界に向けて発信する。というか。
 うわー、なんか機嫌悪そうな顔してる。
「あーもー、最悪。ほんっとに最悪!」
 違った。これ機嫌悪い。僕は早々に文庫本を閉じて彼女の機嫌を取りにかかった。
「どしたの成海さん」
「聞ーてよ早島くん! 山崎! 数学の山崎!!!」
 ちなみにこの『!』の数は彼女が机をバシバシ叩いた数と一致している。
「あのヒゲがどうしたの」
「今日の授業の最初にいきなりあのヒゲ全部剃って登場したの!」
「マジで!?」
 でも成海さん、あのヒゲが生理的に死にたくなるって言ってたじゃないのと言いはじめる前にまくしたてられる。素早いなこの人。