小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月堂 / max
秋月堂 / max
novelistID. 17284
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ドラマチック・デスティニー

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

1.五月の脚本家


 五月十二日。天候、五月晴れ。
「おはようございまーす」
 時刻、午後三時半。
 気分よく開けたドアが、ガラリと小気味良い音をたてた。
 初夏と呼ぶに相応しい温もりに包まれた、もうこんな頃合かよとぞっとするほど暑い気候。校内の至るところに植樹された桜たちが葉桜と果ててしまって久しいこの季節、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 そういった挨拶も完全に使い古してしまうほどの、ゴールデンウィークが明けて一週間が経過して、アノ病気が流行りに流行っている時期。
 僕は――早島睦月は、いついかなる時間でもお定まりである挨拶を口にしながら、部室に入った。部室に一番乗りしていた先輩がこちらを向く。
「うーす、早島」
「あれ、鉄山先輩だけですか」
「んー、だな」
 今日も一三三教室の中は広々と感じられる。四十人が授業を受ける教室を、最大でも四人が使う。人口密度は九十パーセント減だ。おまけに今日はまだ二人だけなので脅威の九十五パーセント減。閉店セールなにするものぞ、である。
 鉄山先輩は、難しい人と言える。
 まず名前が難しい。鉄山宍道。苗字はまだしも名前が読めない。「しんじ」と読むらしいがもう少し読みやすい字を当てることはできなかったのだろうか。とか思う。
 見た目もなんだか気難しそうに見える。が、背の高さと比例して実はテンションも高い。けど普段はそんな一面を見せることはない。シャイだ。
 趣味と公言してはばからない裁縫も彼の意外性のひとつだと思う。
 今もチクチクと楽しんでいるようで、何やら派手な印象の色合い――もとい、きっぱりとショッキングピンクな布を素人目には分かりにくい形に縫い上げていっている。まぁ、服だろう。用途から考えて。上着なのかスカートなのかすらまだ分からないけど。
 あと、自分で着るのかもしれない……とか考えると薄ら寒いのもある。
 まぁ、この先輩はそこまでの変態趣味は無かったはずだ。少なくとも、この一ヶ月間でそういった側面を露呈したことはない。
「斎藤先輩はまだなんですか?」
 集中している先輩に雑談を持ちかけるのはやや気が引けたが、これは社交辞令というやつだ。退屈だと言い換えることもできる。
「ん。なんか進路指導の面談とか言ってた」
「そですかー」
 鉄山先輩の座る前の席に腰を下ろす。一瞬まったりしてしまいそうになるが、女の部員が来る前にさっさと着替えてしまおうと思い立ち、すぐに立ち上がる。よく見れば鉄山先輩も着替えた上で縫い物をしていた。
 ……『演劇部』。
 僕は、そこに所属している。
 地味に思われがちだが、実は激しい部活だと思う。
 入部したての頃は友人たちに「役者を目指すのか?」なんて聞かれたりもしたが別にそんなつもりはなかった。たまたまそいつが野球部だったからとりあえず「プロを目指すのか?」って聞いておいたが「むしろ日本シリーズだ」って言い返されてしまった。最近そいつに「とりあえずレギュラーを目指せ」って言うのが常套になりつつある。
 くだらない物思いにふけりつつ、着替え完了。ジャージになって暇を持て余したため、とりあえず筋トレでもしてみる。
「体育会系かよ」
「いえ、れっきとした文化系です」
 ふんふんふん。腹筋。ふんふん。
 正直言ってこの会話は入部したての頃に、話し手をひっくり返した形で既にこなしていたわけだが。
 演劇部の基本は声。
 発声の未熟な演劇というのは惨めで惨めで仕方が無い。ふんふん。
 でもだからといって先週の斎藤先輩の「ヘタクソを見に行こうー!」は酷いんじゃないかと今でも思う。おまけに行き先が隣の私立高校の演劇部の春の舞台。新入部員勧誘を兼ねて、外部からのお客さんも入れてしまうという、結構気合の入った規模の舞台だった。それにホイホイと便乗して、高校演劇というものを未体験だった僕らに手っ取り早く「なんたるか」を分かってもらおう、みたいな企画だった。
 なにやら賑やかな内容の物語だったのは覚えている。ふんふん。
 とある男子生徒の元に、ある日天使と悪魔が同時に取り憑いてしまう。天使がその力を発揮して彼を幸せにしようとした瞬間、彼に特大の不運が舞い降りてくる。悪魔がその力を振るい彼を残酷の世界に誘おうとした瞬間、彼を極大の愛が包み込む。あべこべな両極端に挟み込まれた彼はただただ平凡な生活を望みながらも、更なる大きな意志に妨害され、ひたすらに戦い続けることを強いられる……
 お世辞にも上手とは言えないその舞台は特に大小問わない感動も無く、終始平坦に一時間を浪費していたわけだが、まぁ終わった後のコメントが「声聞こえねえ」だけだったわけだから色々問題があったのだろう。ふんふん。
 あんなにデカいホールを借りる必要はあったのだろうか? ふんふん。
「なあ早島。なんかお前知らん間にめちゃくちゃパワフルになったな……」
「はい?」
 物思いを中断させられるついでに腹筋も中断する。目線を鉄山先輩に向けると、彼は舞台仕様の分かりやすい苦笑いを振りまいてきた。訓練か、訓練なのか。
「いや、裁縫に疲れてきた頃合だからお前の腹筋を数えてたんだけど」
「はぁ。どうでした?」
「七十八回」
「百いってないですか」
 ……残念。でも鉄山先輩の否定は早かった。
「いや、いったら化け物だろ。一分間での話だぞ」
「うわ」
「お前のことだよお前の」
「ああー、どうりでお腹痛いはずですね」
「いやいやいやいや」
 鉄山先輩は割と全力で否定してきた。その勢いで一歩近づいてくる。
「お前ちょっと腹筋見せてみろ」
「ちょっと待ってください僕そっちの趣味は」
 入部したてのある日、斎藤先輩に仕込まれた赤らめた頬という演技を実演してみる。あの放課後ほど無為な時間もなかっただろう。高校に入ってからならばまだしも、中学時代に混入すれば間違いなくトップに君臨する。
「俺もねーよあったとしてもお前にゃ見向きもしねーよ俺の好みじゃないし」
 鉄山先輩は割と全力で否定してきた。
 僕も割と全力で拒絶しそうになったが、そこはまぁ、一ヶ月間で培った信頼感とかそういった何かでうまく会話をつなげる。
「ともかく、まだ割れたりとかそういうマッチョ的な結果は得られてないですけど」
「引き締まったウエストがそそるってことは?」
「ねーです」
「ねーか……」
 ため息までつきやがったこの先輩。
「なんでちょっと残念そうなんですかやめてくださいよ人呼びますよ」
「お前こそ誰かに見られたらマズイんじゃないのか? くくくっ」
「だーれーかー!」
 別に危機感とか、そんな本格的なものを期待したわけでもない。
 これは僕らなりの悪ふざけだったし、もしもこれを見ている人がいたとしても、それ以外のことを疑ってくるようなこともなかったはずだ。
 だが。
 何が悪かったのだろうか。
 それを考える時間もそれほど与えられることはなかった。
 ただ、ひょっとしたら、ドアにまで駆け寄って叫ぶという、いささか本気すぎる行動がいけなかったのかもしれない。鉄山先輩の逆鱗付近にまで僕の爪が届いたのかもしれない――
「早島ぁ」
 僕は後ろから抱き締められていた。
 掛け値なしのハグ、というか抱き締めだった。吐息の熱が……って。