ドラマチック・デスティニー
0.冒頭(終劇)
緞帳が上がる。
そうすればしばらくは僕とはお別れということになる。手を振り涙を流すことも制御して、すべてを他者の意のままに委ねる。
ほぼ完全な暗闇。闇に慣れた目だけが捉えることのできる人の頭。
視界には収まらない緑の光が二点、三点。オレンジの光も時を刻んでいるだろう。そして、もしも人の瞳が光を発するものならば。脳内を駆け巡る電気信号が微弱に輝くものならば。数えるのが億劫なほどの小さな光に満たされているのかもしれない。
息遣いは穏やかだ。まだ早い。荒れるまでには少し時間がかかるはずだ。
「そんな意識さえも俺は全て封印してしまって、この世界に没頭している」
鳴る声。その残響を意識すると、自然と精神は鋼線のように張り詰め、研ぎ澄まされる。その刃のような視線が白光を認識する。
「アンタは、また難しいことを言っているね」
振り返る。そこには少年の姿をした少女がいる。そのことは知っていた。ずっと前から知っていた。だがここで出会うのは実は二度目だ。初めてかもしれない。もしかしたら、出会っていないのかもしれない。少なからず動揺するが、やはりそれさえも封印する。
「当然だろ?」
「そうかい?」
「もちろんさ。言われなくたって理解できる。この没頭が終われば、俺はきっとどこかに消えてしまう!」
明かり。貫く槍を連想させる強烈な光量。接近すれば、熱の圧迫を感じるほどに。
「なるほど、知っているなら話は早い」
歩み寄ってくる彼女――いや、ここは彼と呼ばなければ。
没頭の不十分さに片隅で歯噛みしながら。
「俺はこの世界からもう消えた存在でね。アンタにも、付き合ってもらうよ」
「嫌だ。俺はそんなのまっぴらごめんだ」
ここで交わらせた視線を外す。外した先には何があるのだろうか。無論そこまですべてこの世界は計算されつくしている。まるで信仰さえ超越した帰依を得るべき存在の暴れるがごとく、この世界は何もかもが構築され配置され……あるいは配膳され、そして"俺"たちに食される。
身振り手振り。
単純に、純粋に否定を表現するために首を横に振る。それを彼は両手で包み込んで遮った。
「もちろんアンタがそう言うことは、当たり前のことだと思う。俺がアンタの立場だったら断るどころか、一目散に逃げ出していてもおかしくはない。だがアンタは違う。逃げることは――?」
「できない! 俺は立ち向かってきた。いつだって、何にだって立ち向かってきた!」
「そうだろう? だから」
彼が手を離す。そして、数歩距離を置いて、声を荒げる。
「世界の終わる瞬間に立ち会うのがアンタと俺の役割だ。その時を迎えるまでに、せめて心の準備くらいはしておいてもらおうか!」
意識が、暗転する。それを感じられるほどには、訓練を重ねて――
これは、お別れを悲しむ物語だ。
作品名:ドラマチック・デスティニー 作家名:秋月堂 / max