Chat Noir
どこかで、クラクションが鳴った。
闘いの開始を知らせるゴングにしては、安っぽい音だった。
思わずニヤついたのが、相手には気に入らなかったらしい。
黒光りする全身の毛を逆立たせて、牙を剥いた。
「悪いな、別にオマエを笑ったわけじゃないんだ」
自分の利き目と相手の体の空間に、静かに右手の手刀を割り込ませた。
空中に、大きく五画の漢字を書くのを由香里は知っている。
横に二本、縦に三本だ。
彼女と私の呼吸が同調するのを感じた。
相手は、十分に興味を持ってくれたようだ。
私の指先に合わせて顔を上下左右に動かしていた。
また笑いそうになったが、必死に堪えた。
十画以上なら、たぶん無理だっただろう。