Chat Noir
「大丈夫」
私は笑顔で言った。
「生きているよ」
結句反復の途中で止めさせたのだ。
最終句の一撃、引導は渡していない。
それに、少女が簡単に命を奪うような魔法を使うとも思えなかった。
彼女の術は、何か強力なモノを解放するか……
または、封印するような感じだった。
由香里が確認するよりも先に、少女が黒猫を抱きしめていた。
張り詰めた空気が一気に霧散した。
床に落ちていた白いバスタオルを拾おうとした時、裏口のドアが開いた。
パートの主婦、荒井麗子の登場だ。
彼女は厨房の作業台の上のネコを見て目を丸くした。
「まさか、ア ラ カルトに加えるつもり?」
その声を聞いて少女が顔を上げた。
「荒井さま?」
もう少し早く現れていたら、脚本は変わっていただろう。
遠くに、逆巻く大波のような巨大な雲があった。
厨房に椅子を運び彼女達を座らせ、後片付けを始めた。
由香里が紅茶と水を用意した。
正気に戻った黒猫は、力無く水を飲んでいた。
時々、小さなクシャミをしている。
空中を舞うのは得意だが、水を飲むのは苦手のようだ。
少女の名前は、伊集院真子。
大人の足で歩いても、2時間以上は掛かる隣町に住んでいた。
そして、その町の大半は……以前、伊集院家の所領地であった。
母親に黒猫を始末するように言われるが、引き取ってくれる心当たりがない。
何度か見掛けたことがある、鋳物看板のネコを思い出した。
それが、ここだ。
看板をライオンやトラにしないで正解だった。