Chat Noir
荒井のオバサマは、名家とは言い難いが大富豪だった。
長者番付は2005年に廃止されたが……
今でも、高額納税者なのは変わらないだろう。
大金持ちと元領主の家系。
二人が社交界で面識があったとしても不思議では無かった。
黒猫は、再び白いタオルに巻かれ少女の膝の上で眠っていた。
これからの運命など知る由も無い。
たとえ川に流されたとしても、甘んじて受け入れただろう。
「あたしが猫さんを引き受けるわ」
麗子が笑いを浮かべながら言った。
「伊集院さんに恩を売っておいても損は無いし」
その得意気な表情に、私と由香里は言葉を呑んだ。
先程の一部始終を見ていなかった事に、内心感謝したが……。
パートの時間は既に終了していた。
麗子が、お嬢さんを車で送って行くそうだ。
従業員専用駐車場。
ルビーレッドのポルシェが、澄んだフラット6サウンドを奏でた。
黒猫を抱いた少女が、何か言いたげに振り返った。
だが、やはり言葉は出なかった。
彼女が深々とお辞儀をした時……
乾いたアスファルトの上に、一滴のシミが広がった。
私は明るく言った。
「いつでも、大歓迎だよ」
静かに雨が降ってきた。
柔らかに、包み込むような雨。
季節を夏に変えるのは、太陽ではなく雨かもしれない。
第 一 章 終