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IM (Invisible man)

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 どこからともなく上がった悲鳴に、僕は我に返り、一目散に駆け出した麻里と美幸に後れを取って、信号を渡った。
 そこらじゅう、血とオイルの匂いが混ざった匂いで充満し、数えきれないくらいの人が倒れている。だが、両親の姿が見つからない。
「お父さん! お母さん!」
 僕はどうしたのだろうか。気が付けばそこは病院の一室で、近くには美幸が座っている。
「美幸……」
「千秋。気が付いた?」
「父さんたちは……?」
 僕の言葉に、美幸が泣き出した。
 歩道の先頭にいた両親は、突っ込んできたスポーツカーを真正面に受け、数十メートル引きずられた場所で見つかった。即死だった。
 それを聞いた時から、僕の思考や感情というものは何処かへ飛んでしまって、たまに血や救急車の音などを聞いて発作を起こしては、消えないトラウマと闘っている……とまあ、はたから見れば可哀想だと聞こえはいいが、同じ境遇である姉たちは強く生きようとしているのだから、みんなが言うように、僕だけが異常で、弱い人間ということなのだろう。
「一人になりたい」
 カウンセリングで、僕は頑なにそう言った。言えば言うほど、一人にさせてはいけないと、大人たちは偽善の顔で僕に近づいてくる。
 僕は超能力でもあるかのように、そんな大人たちの心情を察知して、頑なにそれを拒んだ。
 やがて、両親を亡くした僕たちは、母方の祖父母の家に引き取られることになった。それは僕にとっては他人の家。僕はもはや姉妹とも口を利かず、ましてまったくの他人の家で過ごすなど耐えられない。
 そんな事情を麻里が察してくれて、僕だけが元いたマンションで暮らせることになった。最初の頃は、麻里と美幸が代わる代わる様子を見に来てくれたが、毎日が一週間に一度になり、一か月に一度になり……今では不定期で現れる。それは、僕がそう望んできたことにある。

「ねえ、千秋。もう一度、病院へ行こう。私だって、まだカウンセリング受けてるんだよ? 一緒に行こうよ」
 現実の世界に、美幸の声が引き戻した。でも、僕は返事をしない。
「千秋! そんなんじゃ、本当に一人になっちゃうよ?」
 その言葉に、僕はカッとなってドアを開けた。
「一人になりたいって言ってるのがわからないのかよ!」
 思えば僕が感情をぶつけられる相手は、もう世界中で美幸しかいないのかもしれない。そういう意味で、美幸はまだ僕の家族なのかもしれないと、一瞬だけそう思った。
 目の前には、悲しそうな顔で美幸が僕を見つめている。
 またも罪悪感にかられ、僕は怒りを一気に抑え、目を逸らそうとした。
 その時、美幸が僕の顔を両手で押さえ、僕の目をじっと見つめた。
「人間一人じゃ生きられないって、私知ってるの。私にはお姉ちゃんがいるけど、千秋は……このまま千秋を一人にしておけない。嫌だと言われても、私、千秋を見捨てたりしない」
 真剣な美幸の気持ちが伝わってきた。
 でも僕は、それを捻くれて受け取る。
「血の繋がりもない形だけの姉弟に、偽善者面も大変だな……」
 聞こえるか聞こえないかくらいの僕の心ない言葉に、美幸の張り手が飛んだ。そんなことは、小学生の時くらいだ。
「血の繋がりがなくたって、数年間一緒に暮らしてきた姉弟じゃない。大事な家族だってことは、これからだって変わらないよ。落ち込んでたなら慰めてあげたいし、私に出来ることならなんでもしてあげたいって思う」
「なんでも?」
 急に態度を変えた僕に、美幸は一瞬、驚いたように躊躇する。
「……出来ることなら」
 やがて言った美幸に勝ち誇ったように、僕は口元を緩ませた。
 卑猥なことが浮かぶ。姉弟だなんて本当に思ったことがないのは、美幸だって同じだろう。
 そう思ったところで、僕の気持ちは突然萎えた。
「馬鹿馬鹿しい……」
 そう言って、僕は背を向け、ドアを閉めようとすると、美幸がそれを拒んだ。
「そうやっていつも逃げようとする。自分の殻に閉じこもっていたって、お父さんたちが帰るとでも思ってるの? 現実から逃げないで」
「姉貴面すんなよ!」
 怒りに満ちて、僕は美幸の腕を掴んだ。何の運動もしてないからといって、僕のほうが男で力もある。
「離してよ」
「おまえが悪いんだろ。本当に何でもしてくれるのか? じゃあ、付き合えって……キスしろって言ったら……セックスさせろって言ったら、やらせてくれんの?」
「千秋……」
「こんなこと、言ってどうなるっていうんだよ。おまえのこと、姉貴だなんて思ったこと一度もねえよ。こんなこと言って壊すくらいなら、僕は一生誰とも関わらなくていい」
 本音だった。言ってどうなる。わずかな繋がりが壊れるだけじゃないか。それでも、僕は言ってしまった。もう取り返しがつかない。今まで殻に閉じこもっていたことが、全部水の泡になるような、そんな気がした。
「……いいよ」
 やがて、美幸がそう言った。
「千秋が……それで立ち直れるんなら、私……」
 震える美幸に、僕は絶望した。カッとなるような、冷めていくような、言い表しがたい感情だった。
「馬鹿にすんじゃねえ!」
 僕はそのまま美幸を玄関口へと連れて行き、外へと追い出した。
「もう来んな! 二度とその顔見せるな! じゃないと今度は……本当に何するかわからないからな!」
 僕の怒声が、ドアを隔てても聞こえたはずだ。
 あの忌々しい世界が終わった夏の日から、僕の周りに何かが張り付き、閉塞感が拭えない。その正体が、壊れた家族なのか、どす黒く渦巻く恋心なのか、思春期だからなのか、それは今もわからない。

 美幸を追い返してからものの数分で、僕はまたいつもの冷静さを取り戻した。というより、自分の存在を忘れるかのように、世間から離脱した思考に戻る。透明人間でも、ロボットでも、なんでもいい。現実の世界すべてが嫌なのだ。
 次の日も、僕はいつも通りの生活を送る。高校へは行きたくなかったが、一人暮らしの条件が高校へ行くことと提示されれば、高校生活などどうってことはなかった。
 僕の生活費は、父の遺産と、美幸たちの祖父母からの援助にある。そう考えると、美幸の言う「人間一人じゃ生きられない」というのは正解なんだろうが、僕からお願いしたことではないと、突っぱねておこう。それが甘い考えだっていうのも、僕にはわかっているが……。

 次の日も、僕は誰ともしゃべらず、たまに当てられる授業で声を発する程度でしか、自分の存在証明は出来ていない。出来ればそれすら拒みたいところだが、僕の中にも「いい子」という部分がまだあるようだ。
「三島!」
 放課後、ホームルームが終わるなり、そんな声が聞こえ、僕は目を見開いた。三島という人間は、この学校には僕しかいない。
 僕は静かに振り向くと、そこには隣のクラスの男子生徒がいる。
「おまえ、三島だろ。校門のところで、広瀬って女の子が呼んでるぞ」
 その言葉に、僕はたぶん今まで誰にも見せたことがないくらい、驚いた表情を見せた。
 広瀬……思い当たるのは二人。広瀬麻里、広瀬美幸。両親が結婚しても名字が変わらなかったのは、今まで持っていた名字を変えさせたくないという、両親の思いやりだった。
 僕は呼びに来てくれた生徒に礼も言わず、そのまま校門へと向かっていく。
作品名:IM (Invisible man) 作家名:あいる.華音