幼年記
黄色
三歳になるかならないかの頃、家には姉との二人用の遊具として、補助輪つきの自転車と、車の形をした足こぎ式の乗り物とがあった。
特にどちらがどちらの、という決まりはなかったから、二人で交互に使って遊ぶことになっていた。
とはいえ姉はそうした遊具ではあまり遊ばなかったから、実質的には私が二つ分の遊具を所有しているようなものだった。
ただしその自転車というのが、女の子のアニメキャラクターの入った、ピンク色であった。
当時女の子に間違われることが多かったのを苦にしていた私にとって、その自転車に乗ることは、大変な屈辱であった。
だから、本当は自転車に乗りたいのを我慢して、詰まらない足こぎ式の車で妥協した。
それで済んでいるうちは良かったのだけれど、そのうちやっぱり自転車に乗りたくて仕方がなくなってきたので、とうとう大人しい友達の自転車を取り上げて、使うようになった。
その友達は黄色で男らしい形の自転車を持っていたから、それを気に入って、自分の家のピンクのはそこらにうっちゃらかしたまま、友達を押しのけて日がな一日乗り回していい気分になっていた。
それが親に知れて、どうして自分のがあるのに友達のものを奪って乗っているのか、と叱られたけれども、家のは女っぽくて格好悪いからだ、などと言っては、格好悪さの上塗りをするように思われたので黙っていた。
それで来る日も来る日も、泣き喚く友達を尻目に、黄色い自転車に乗っていたら、ようやく親の方でも色が問題になっている事が知れてきたらしい。
ある日父親が黄色のペンキを買ってきて、色をきれいに塗り替えた。
それでようやく納得して、友達のものから自分のものへ乗り換えることになったけれども、間もなく盗まれたのだか、それとも芯からは納得していなかったのか、ペンキを塗ったあとの自転車に乗った記憶というのは、どういうわけかほとんど無いのである。