幼年記
主題歌
ようやく記憶の立ち始める頃、夢中になって見ていたテレビのヒーロー番組があって、その主題歌を気に入ったから、幼い頭で憶えて、来る日も来る日も歌った時期がある。
家のすぐ前にある公園へ、ままならない足でヨチヨチと出かけていき、そこでベビーカーを連れて日向ぼっこをしている主婦やら、集まって遊んでいる年上の子供やらを捕まえては、歌って聞かせていた。
これが大変に評判であった。
評判は見る見る広がって、しまいにはただ外へ出るだけで周りへ人が群がってきて、歌え歌えとせがむ。
特に中高生ぐらいの女子はきゃーきゃー言って寄って来る。
だからいい気分でどんどん歌った。
しかし歌い続けるうちに、その評判というのが、どうも歌の巧さに対する賞賛や驚嘆ではないように感じられ出した。
よく観察してみると、誰もが珍奇なものを見物して面白がる体である。
それでみんな何を可笑しがっているのかと自分の歌を省みるうちに、分かった。
何も歌がうまいのではない。
歌を端折っているのが面白かったのである。
口でちゃらっちゃ、ちゃらっちゃと勇壮に前奏を演奏して歌い出しへ入るところまではいいのだけれど、いざ歌に入ると、最初の一節を歌ったら、そこから途中を全てすっ飛ばしていきなり最後の節へ繋げてしまう。
本当は全部歌いたいのだけれど、途中を憶えるのが難しかったために、止むを得ずとった処置なのである。
しかし聴く側としては、その、始まったと思ったら唐突に終わってしまう意外さと、それを大まじめになって歌っているヨチヨチ歩きの子供の滑稽さとが面白くて、それを聞きたさに歌え歌えと囃すらしい。
そうと分かると悔しくて仕方がないから、その主題歌の入ったカセットテープを買ってもらって必死に練習し、何日もかけて歌詞も曲も全部憶えた。
そうして皆の前で披露して、さあどうだと思っていたら、反応が思ったより芳しくない。
そればかりか次第に人が離れていって、じきに誰からも、歌えとは言われなくなった。