幼年記
膝
いつのことかはっきりしないほど前だから、よほど幼かった頃のことであろうと思う。
家族でどこぞの海へ海水浴に行った。
海の家の一角を借りて、飯を食ったり、寝転んだりしながら、気が向くと海へ入って遊ぶ。
恐ろしく天気が良くて、気味の悪いほどよく抜けた高い空であった。
人もまばらで、海は冴え冴えと広かった。
それですっかりくつろいで、眠くなってきたので、母親の膝に頭を乗せて、しばらく目をつぶっていると、途中からどうもおかしい。
膝が、硬くてごつごつして、普段の居心地ではないのである。
何かと思って目を開けたら、知らない若い女が二三人、おかしそうに笑いながらこちらを覗き込んでいる。
人を間違えた、そう思ってびっくりして飛び起きて、辺りを見回すと、海の家の中に家族の姿がない。
それで海の方を見たら、少し離れた波打ち際に、うちの家族と思われる影が四つ、水を蹴ったり掬ったりして遊んでいる様が、遠目にもありありと見えた。
そのうちの三つは、父と、母と、姉のものだと思うけれども、姉よりもやや背が高く頭を短く坊主に丸めた、残る一つの影は誰のものだか分からない。
兄弟は姉と私の二人きりだから、坊主頭は余分なのである。
ともかくも慌ててそちらへ駆けていったら、やっぱりそれは私の家族だったけれども、確かに見えたと思った坊主頭は居なくて、普段どおりに三人だった。
不審に思ったけれども、それよりも私のことなど全く忘れた様子で遊びふけっている家族の姿に腹が立って仕方がないから、坊主頭のことなど忘れて、三人を前に、自分を置き去りにした罪をさんざんになじった。