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好きだから、食べさせて

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アルが向かったのは開け放した窓だった。ヒバリを背負うような姿勢のまま、窓から飛び降りる。そして姿を鳥に変えて降りるのではなく飛翔した。最初は森に突っ込みそうだったが、ふらついた飛行であっても真っ直ぐと尖塔の頂上へ辿り着いた。
ヒバリにはすんなりと尖塔の登頂に着いて、今そこに二人で立っているのが信じられなかった。元々人が立つ事を想定している場所ではないので、寄り添わないと二人で立っているのもいっぱいいっぱいだ。そんな狭い所によく過たず足を下ろせたものだ。
「鳥って、鳥目じゃないの? こんな夜に飛べるもの?」
「全く見えてなかったよ。辿り着けたのは多分いつもシミュレートしてたから」
「シミュレート? 何を?」
「昔からここに立ってみたかったんだ」
アルは片手でヒバリを落ちないように抱き寄せ、片手を翼のように広げてみせた。
「夜なのが残念だな。朝だったら涙出そうな場所だと思うのに」
「でもこれはこれで真っ黒の海みたいで面白い」
「確かに。……うん、夜もそう悪いものでもないかもね。ヒバリと来て正解だったな。自分じゃそうは思わないから」
ヒバリは居心地が悪そうに身じろぎをする。
「あの……アル。あまり……その、そういう事を言わないで欲しいんだけど」
「そういう事?」
「私がまるで良い人のような、そんな感じの事」
「でも事実だから」
「も、もしそうだとしても、言わないで。その、そう言われると、すごく……あ、アルを食べたくなる……」
消え入りそうな声で告げ、告げた事で恥ずかしさも増して、ますますヒバリは逃げたくなった。俯けた顔をしばらくは上げられそうにないほど赤面しているのがヒバリ自身よく分かる。
するとヒバリを抱える腕の力が強くなった。
「嬉しいな。それってつまり僕が余計に好きになるって事じゃないか。好きだから食べたくなる。それは自然な事だよ。だから嬉しい」
「これって自然……なのかな」
「自然だよ。僕達にとっては。僕も君が食べたい。いつでもね」
「そういう、食べたくなる衝動とか欲求って、アルはいつもどうやって抑えているの」
それは是非とも知りたい、ヒバリの優先事項だった。アルは最初からヒバリが好きだと言ってきた。けれど彼はヒバリを食べようと狙い澄ました時はなかった。流石に殺気立っているとヒバリも気づく。けれどもそんな時は終ぞ訪れずに今を迎えている。
もしかするとアルはヒバリの事をそう好きではないのかもしれない。そんな風に考えられるし、それが至極当然の結論として導かれるが、アルの態度からそうとも言い切れない。ヒバリの願望でもあった。
逆にアルはヒバリの問いに面食らったようだった。
「そうか。ヒバリはずっと自分がそういう一族だと知らなかったから疑問になるのか。うーん、どうやってと言われると……待って、言葉を探すよ」
先ほど好きと食べたいが同義となるのを知ったヒバリと違い、既にそういう価値観として定着しているアルにはどうやってという問いが初めてだった。
「好きだから食べたくなるんだけど、食べる時って一番好きな時がいいんだよ。その時が一番おいしく食べられるから」
「それは分かる気がする」
ヒバリも頭ではなく感覚で理解出来る。
「でも今はまだ一番好きな時じゃないって思うんだ。まだまだ相手を好きになれる。もっともっとおいしい時があるんだって思うと、今食べようって気にはならないんだ。食べたいんだけど」
「…………ああ、そっか」
「僕の言い方で合ってるか分からないけど、何となく分かる?」
「……うん」
「良かった。僕も前から君を食べてみたいと思ってた。この場所を見つけた時からずっと」
「この場所を見つけた時?」
「そう。以前、村の大人に連れられてこの近くを通りすがった時があるんだよ」
アルは空を指した人差し指をくるくると回す。空中を旋回していたという事だろう。
ヒバリは自然に顔を上げたが、不思議と今はアルを食べてしまおうという気にはならなかった。食欲はある。けれど、今ではないと思うと心が凪いでいた。
「で、その時にすごく良い感じに留まりやすそうな所を見つけたんだけど、それがここだったんだ。高さも止まり木としてのこの塔のがっしりした感じも人気のなさもそうそうお目にかかれないからね」
「それでここに?」
「まあね。見つけた時人がいてね、慌てて離れようとしたんだけど……結局ヒバリのお母さんに見つかっちゃって」
「嘘」
「本当。その時はまさか同類とは思わなかったんだけど……まあだから僕らの大きさに驚かなかったんだから今となっては納得なんだけどさ。で、その時に「いつか遊びにいらっしゃい。今度は下からね」って言ってくれたんだ」
「お母さんが……」
「それから村を出る機会なんてそうそうないから何年も経ってしまったんだけど。でも良い時に良い導きをもらえたなぁって感謝してる。深くね」
そうでなかったら、今ここでこうして幾つもの願いが同時に叶えられてないから。アルは小さな声で囁いた。
「不思議だね。簡単に食べられてくれそうな子でなかっただけじゃなくて、逆に僕を食べてくれる子に出会えて、ここで一緒に近くにいられるなんて」
「ええと、アル」
「何?」
「それっていいの?」
「何が?」
「私があなたを食べるというのは」
「勿論」
当たり前の事をどうして訊くのか心底不思議そうにアルは首を傾げる。
「ごめんなさい、まだその辺りの感覚がよく分からなくて」
「え? ああ、そうか。何が疑問? 何でも答えるから具体的に訊いてくれると有り難いな」
「あなたは私を食べたいんでしょ?」
「すごくね」
「なのに、私があなたを食べるのもいいの?」
「大歓迎だよ」
「それが分からない」
「あー、そうか。これもどう説明したらいいのかな。うーん、好きだから食べるって言うのは誰もが感覚として分かってて、同時に、好いてくれてるから食べてもらえるっていうのは、好きな相手からされる事として一番の愛情表現だっていうのを僕らは知ってるんだ。だから、好きな相手が自分を食べるというのは、自分を一番愛してくれてるって確認出来る最たるものなんだよ。だから、嬉しくなるんだ。勿論、好きな相手じゃなければ断固阻止するよ。……こんな説明で分かってくれる、かな」
「…………多分」
「まあ、男が女を食べる一族の僕は、食べられる側の気持ちって村の女の人達の話から推測しているに過ぎないんだけど」
「だったら嫌なんじゃないの?」
「食べる側の気持ちはすごく分かるんだよ。だからヒバリの衝動とか気持ちはこれ以上ないくらい共感してる。だから分かるって言うか、確信してる。ヒバリに食べられたら幸せだって」
「そっか、逆を考えるって事……。うん、それなら私も幸せかも。アルに食べられたら、幸せだって思える」
「僕らは一緒だ」
「うん、一緒」
ヒバリは漸くアルの顔を見たまま笑えた。何も理解出来ない事ではない。一夜でヒバリの裡を巡る世界は意味を変じたけれど、必要変化だった。
怖くない。
怖かったけれど怖くない。そんな自分の声に肯けた。
よし、とヒバリが大きく息を吸った時、二人の足元でガシャン!と派手な金属音が響いた。破裂したような瀑音。
「しまった! あの人達を忘れてた!」
作品名:好きだから、食べさせて 作家名:みや