好きだから、食べさせて
「多分、どうにかここに登ろうとずっと試行錯誤してたんじゃないかな」
「どうしよう、どうにかしないと流石に家に入れないのは困る」
折角自分の気持ちに折り目を付けられたのに、とヒバリは独りごちる。
漸くヒバリと一緒にいられるようになったのにあのじじい共、とアルは三人に悪態を吐く。
「……どうにか登ろうとしてて、何かに引っかかったのかな? あの音」
「多分、お父さんとお母さんが作った罠だと思う」
「罠?」
「この家、あちこちに仕掛けがあるから」
「そんなカラクリ屋敷だったわけ?」
「うん。知らなかったっけ? お父さんは強盗避けだって言ってたんだけど、今にして思えば、お母さんがお父さんを食べようとした時の為なんだと思う。お母さんも私と同じなら、ずっとお父さんを食べたかったと思うし。でも、お父さんはアルと違って普通の人間だから価値観も違うし、身を守るくちばしも無かったから。もし食べそうになったらお母さんをどうにかさせる罠をあちこちに巡らせてたんじゃないかな……多分」
それはまだあまり深くは考えたくない事だった。
先ほどの派手な金属音からしばらく小刻みにガシャガシャとうるさく鳴らされる音が続いていたが、それも少しすると止んだ。その後にどこかで滑車が回る音が塔の足元まで振動として響いてきた。
「どこか動いてるのか?」
「これは……多分、でも、まさか」
「心当たりがある?」
「……一応。普段は普通の部屋に偽装してあるんだけど、幾つか部屋が丸々金属の檻で出来てて、机を動かすとか絨毯をめくるとかそういう事をすると檻に閉じ込められてしまうの。そしてその部屋ごと地下とかまあどこかを通って、崖の下に放り投げられる……仕掛けがあって」
アルの予想よりも壮絶だった。矢が一本飛んでくるくらいの危険では済まない。
顔を青ざめさせたアルを気遣い、ヒバリは、でも!と手を振る。
「大丈夫、それを知ってる人だったらちゃんと檻の入り口は開くから」
「あの人達は知ってる?」
「あ…………」
特に同情はしないが、運が良ければ生きていれば寝覚めが良いかなと、アルはぼんやり考えた。
「あんな仕掛け、本当、大型の肉食獣を捕まえるのにしか使えないとか思っていたんだけど」
「確かに大型だし肉食獣だよね、あの人ら」
「だってまさか」
「大丈夫。多分、生きてるよ。如何にも力自慢な三人だったし、崖の下の岩で檻が壊れればすぐに出られるよ」
とても気休めだけれど。
「そう、かな」
「それより、また来た時を想定しないと。君の一族は多分あれくらいじゃ諦めないと思うしね。結局話を聞かない人ばかりだったし」
「……もうちょっと檻を増やす」
「それはいいね。二人だったら君のお父さんとお母さんに負けない仕掛けが出来るんじゃない?」
「明日から余計に忙しくなりそう」
ヒバリはうんざりした顔をしながら、既に頭の中で設計を始めている様子だった。
「そうだ。ヒバリのお父さんとお母さんなんだけど、罠を作ったのは主にお母さんなんじゃないかな」
「どうして?」
「僕が最初に来たとき、滑車を組み立ててた」
「まさか、今の?」
「今のかは分からないけど、かなり大きかったよ。もしかして、ああいう罠ってお母さんがお父さんを守る為に作った物じゃないかな。肉食獣用みたいのようだし」
「じゃあ、お母さんが自分で……?」
「そんな気がする。でも、これも僕の推測だけど、お父さんはそれが嫌だったんじゃないかな。だから自分も進んで作る事で共犯になったような気がする」
「どうして」
「二人は殺されたって言っただろう? それは最初お母さんが結局お父さんを食べてしまったんだと思う。でも、お父さんの方は一つも罠を動かしてない。今まで罠がある事をヒバリが忘れるくらい一度も動かしてないみたいだし。自分で自分を守る為に作ったなら動作させてる筈だよ。ましてやお母さんの方は多分に葛藤があった筈で躊躇しただろうしね」
「じゃあ、お母さんは……」
「自分で自分を殺したんじゃないかな。僕らはやろうと思えば体の一部だけを変化させる事も出来る……らしいから。これは体の組成からまず無理なんだけど、死ぬ覚悟でやれば出来ない事もないって聞いた」
最後は少々目を泳がせながら、アルは話した。全ては推測だが、半分くらいは確信を得ているようだった。ヒバリもそれが真実だと信じたかった。今となっては話してくれる人が誰もいないから、もうそれが本当の事だとして記録してしまいたかった。
「まだ、まだ信じられないけど、お父さんとお母さんは幸せだったかな」
「それは間違いないと思うよ。二人で作った罠が娘を守ったんだし?」
「そうだといいな」
「今度、お墓参りさせてくれる?」
「勿論。でもその前に、ここから降りないと」
「あー……朝まで待ってもらえたら、いつでも」
「鳥目だから」
「そう、鳥目だから」
茶化して、軽く笑う。そんな日常が続いて欲しいと、ヒバリは強く願っている自分に気づく。よくここまで変われるものだと自嘲さえ出来る。あれほど人と関わらずに生きていたのに。
「私、ここから離れるつもりはないけど、いいの?」
「僕の村を心配してくれてるの? いいよ、実は外に出されたのは僕だけじゃないし」
「え」
「どうしてもヒバリに選んで欲しかったから、切実さを出してみたんだ」
「嘘つき」
「嘘じゃない。全て本当の事だよ。言わなかっただけで」
「だまされた……」
「物語も語られない部分があるから美しいって言うし」
「言わない」
「じゃあ、今度そういう末文で今までの事を記録しておこうよ」
「家の改修が終わったら」
「それ、死ぬときじゃないか……」
「死ぬときは、どちらかが食べる時だから」
「うん、楽しみにしてるよ」
「「好きだから、食べさせて」」
作品名:好きだから、食べさせて 作家名:みや