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好きだから、食べさせて

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「お母さんも……お母さんも、虎に」
「村では憧憬と尊敬の存在だった。強く、優美な彼女は……俺もあこがれていた」
「お父さんも、虎に……?」
「あいつはただの人間だ。忌々しい事に。だがそれが今回は良い方向に転がってくれた」
「……あなたも、私の、親戚、ですか」
「村全てが一族だ。我らは外の血を入れず血族婚を繰り返している」
「だからこそお前の血が必要なのだ。オミナが外でこしらえた一族以外の血を持つお前が」
「血族で婚姻を続けるには限界がある。……それは、分かってくれるだろうか?」
どこかで聞いた話だった。すぐにそれがアルが語った事だとヒバリは思い当たる。
アルと彼らは事情を同じくしていた。しかし受ける印象は全く違っていた。アルは最初からそんな事情など話さずただヒバリを好きだと言った。目の前の男達のように、ヒバリを駒としか考えずに連れ去ろうとはしなかった。ヒバリを理解しようと努めてくれた。
ヒバリは男達を睨み据えた。
「私の親戚があなた達だとしても、あなた達の村がお母さんの故郷だとしても、私は行かないから」
毅然と言い放つ事が出来たのは、この家のどこかにアルがいてくれるからだと、ヒバリは感じていた。それに先ほどは驚いて身をすくめてしまったが、ヒバリが彼らと同じく虎になれる一族なら、条件は対等の筈だ。一対多ではあるけれど、相手はヒバリを殺せない。ヒバリは彼らを傷つけても何ら厭いはしない。今なら、アルの代わりにこの男達を食べるつもりで攻撃出来る自信があった。
「この家から出て行って。今すぐに」
男達は目を見合わせると困ったように首を振った。
「そうはいかないのだ。事情は話した通りだが」
「こんな所に一人というのも寂しかろう。俺達についてくれば仲間がたくさんいるのだぞ? お前を手放しで歓迎し、理解出来る者達が」
「ここでは誰も――」
畳みかけるように言葉を継ごうとしたショウギがぴたりと口を閉ざした。テンショウが一人だけ瞬時に虎に姿を変える。
ヒバリがはっと広間の入り口に顔を向けると、そこにアルが立っていた。
よりにもよって、最も見られたくない人物だった。
「来ちゃだめ!」
「ごめん、話はずっと聞いてたんだ」
「それでここから逃げる算段を? それは賢明だろう。ここで見聞きした事は人に話さない方がいい。頭のおかしいヤツに思われるだろう」
「あなた達は黙っててよ!」
話したい時に一番口を挟んで欲しくない輩が余計な事をと、ヒバリは腹が立った。お陰で怒りの方が先に来て、先ほど無性に感じた飢餓感が抑えられた。
「アル、逃げて」
「どうして。ここで守れなきゃヒバリは僕を選んでくれないだろう?」
アルが軽く肩をすくめる。そこに恐ろしいバケモノと出くわしたという恐れも気負いもなかった。呆気にとられたのはヒバリだけでなく、男達もだった。一人は軽く口笛を吹く仕草までした。
「驚いた。少年は我らの恋敵か」
「恋をしているかは別としてな」
「そうですよ。僕はヒバリが好きですけど、あなた方は別にヒバリが好きってわけじゃないでしょう? だったら身を退いてくださいよ。そういうヤツは馬に蹴られるんですから」
「馬など、こちらが食うものだ。蹴ってくる前に」
「額面通りに受け取られるのは初めてだ。無粋な人達だな……やっぱりヒバリにふさわしくない」
「ちょっと、アル!」
鼻白んできた男達と挑発するアルに挟まれて、段々とヒバリは居心地が悪くなってきた。元より悪かったが、それとは違うむずがゆさにヒバリが逃げ出したいほどだ。
アルはにっこりと微笑み返して、それを増加させてくる。
「言っておくけど、私はあなたとも結婚出来ないから!」
「そうだ。お前は元々異形の血筋。ただの人間と結婚など出来る筈がない」
「だからあなた達は黙ってて!」
ヒバリの従兄という男――ショウギとは離れているので手が出せないが、近くの虎――テンショウには届いたので、ヒバリは彼の代わりに目の前の虎を殴って尻尾を踏んづけてやった。最後にぐりっと足裏を捻る事を忘れずに。テンショウが奇妙な呻きと共に飛び上がったが、構わない。
「私がアルと一緒になれないのは、私がアルを食べてしまうからだから! この人達に何か言われたから出来ないとか、この人達と一緒に行くとかそんな事じゃないから!」
「何? つまり、お前はこの小僧を好いているという事か?」
「黙れって言ってるでしょ耄碌じじい共!」
再度テンショウの尻尾を踏みつけて握った毛束をむしり取る。テンショウ自身は虎の姿の為に何も言っていない事は重々承知だが、三人一絡げで数えているヒバリにそんな事は関係がない。繊細な乙女心を解さない者達は全て等しく敵なのだ。
ヒバリは恐る恐るアルを窺った。呆れているのか怒っているのか。どちらにしてもヒバリに対する反応として正しいので何も言えないが、見ずにはいられなかった。
するとアルは先ほどよりも満面の笑みだった。
「そっか。ヒバリも僕を好いてくれてたんだ」
「え、あの、今はそこに反応するの……?」
「そりゃそうだよ。これで晴れて両想いというヤツだよね? 傍におっさんがいるのが気にくわないけど」
「それはお互いさ……」
ショウギが懲りずに口を挟もうとして、テンショウの低い唸り声で止められた。
「これで何の障害もないね」
「……私の言葉聞いていた?」
「一言一句全て」
「だったら! 私は時々すごくアルを食べたくなるの。だから一緒にいられない」
「それなら、お互い様というヤツかな」
「…………え?」
「君の一族は、女性が男性を食べる血族なんだね。僕のところとは正反対だ」
「…………な、なんて」
アルの言葉が飲み込めず、ヒバリが目をしばたたいていると、顎髭の男が弾かれたように手を打った。
「そうか、その姿どこかで見たことがあると思ったが。小僧、お前の元の姿は巨鳥だな」
「そう。あなた方と同じく、異形の血ですよ」
言うなり、アルの姿が広間の一面を覆うほどの翼を持った鷹に変化した。しかし一瞬で元の少年の姿へと戻る。
「黙っててごめん、ヒバリ。僕の一族も君のお母さんの一族も同類なんだ。そして僕は多分、いつか君を食べるだろう。今でもずっと、食べたいって思っていた」
「まさか……」
「好きなのと食べたいのは同じ激情なんだ。多分もう言うよりも体が分かっていると思うんだけど」
「だったら尚更お前に娘をとられるわけにはいかぬな」
「貴重な血をむざむざと他の者に食わせてなるものか」
「娘に食べられてやるというのなら、見逃せるが」
言うなり、二人も虎に姿を変え、三匹の虎はアルを取り囲むように足を進めた。
ヒバリは咄嗟にテンショウの脇を抜け、アルの腕を取る。
「こっち!」
最初の追いかけっこでは家を知り尽くしたヒバリに分があり、小部屋ほどの大きさを持つ虎達が通れなさそうな細い入り口や低い部屋を次々と通り抜けていく。しかし相手もすぐに虎から人に姿を変え、よく利く鼻と小さな足音を拾う耳を駆使してしつこく追いかけてきた。更には途中で分散して、方向を見失いながらも三方向から追い詰めようと力業で押してきた。元より体力は相手側に利があり、力の使い方も心得ている。焦りがヒバリの足を絡ませ始めると、今度はアルがヒバリの手を取った。
「こっちへ」
作品名:好きだから、食べさせて 作家名:みや