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麻子

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親の住む町の駅までは二区間。
車で行けば、時間は半分なのだが、電車で向かう。
自動車の免許証は有るし、ペーパードライバーでもない。
車を持っていないだけだ。実家にある車に母を乗せ買い物にもしばしば出かける。
景色は新緑が随分深まり、こんもり緑の小山がいくつか見える。
電車がホームに入る。
人の流れとともに改札口に向かう。
ワンタッチでらくらく使える便利なICカードで自動精算される。
足を止めることもない。
駅舎を出ると、陽射しは暖かい。
息を吸い込むと、薫風が鼻をかすめた。
実家に向かう足取りも軽い。
仕事に疲れ、愚痴を抱きしめながら歩く道ではない。
まだ、次の仕事が決まったわけではないが、ひとつ区切れた爽快感が心を軽くしていた。
あの角を曲がり、心持ち登りの坂を上がったら、向かう家が見える。
道端の雑草の花が、私に挨拶してくれているように風に揺れている。
ピンポーン
インターフォン越に母の声がした。
門扉を開け、玄関のドアを開けた。
「おかえり」
かわらぬ母の声。笑顔。家のにおい。
ここから出た日のことを思い出しながら、戻る場所がかわらないことが心に優しい。
私は、明るい陽射しを背に浴びながら、最高の笑顔を母に向けた。

「ただいま」


     ― 了 ―
作品名:麻子 作家名:甜茶