~双晶麗月~ 【その3】
「ありがとう」
岩の隙間から少しだが、そう言って微笑む彼女が見えた。長い栗色の髪がゆらゆらと揺れている。岩の壁を挟んで繋いだ彼女の手は、私の手と比べても明らかに白く細く、そして冷たかった。
「あなたの名前は?」
私がそう言った直後、岩の隙間から私の右肩辺りを見て、くすくすと笑う。
「それ、私にもあるのよ」
彼女は白い翼と化した左腕の付け根の、私と同じ痣を見せてくれた。
「なんでそれを……!?」
その問いの返事を聞く前に、繋いだ手からたくさんの水が吹き出してきた。その勢いで私は吹き飛ばされそうになる。彼女は私の手を力強く握った。細い腕を持つ彼女のものとは思えないほどの力で。
「ワタシの名前は[サクヤ]」
繋いだ私たちの手から噴き出す水の音が、その声を掻き消そうとしていた。
だが、私は聞き逃さなかった。
「私と同じ名前?……うそだろ……?」
私が戸惑っていると、彼女は続けて言った。
「ふふふ……[あなたはワタシ。ワタシはあなた]……ということよ」
その直後、吹き出ていた水はさらに勢いを増し、渦を巻いた。
激しく渦を巻く水の音の中から聞こえてきたのは、高らかに笑うような、そんな彼女の歌声だった。
すでにその時、私の手元には彼女の白い手はない。
「どういうことなんだよ!」
作品名:~双晶麗月~ 【その3】 作家名:野琴 海生奈