Guidepost
04.親愛という建前で
今日ものどかで良い天気。
授業がとりおこなわれている教室にも暖かな日差しが入ってきて心地よい。むしろ心地よすぎて居眠りをしている生徒もちらほらと見かけるくらい。
そんな中、三弥は先生の話を聞きながらぼんやりと考えていた。
今まで誰も友達と呼べる人なんていなかった。昔からずっと。
休み時間も席について本を読んでいる事が多かった。かといって虐められる訳でもないので、慣れればそれはそれで問題なく過ごす事は出来た。だがそれでもやはり、ワイワイと楽しそうに騒いでいる周りがとても羨ましかった。
きっと自分の性格に非があるからだと分かっているが、だからと言ってどうしたらいいのかも分からずこのまま今まできていた。そんな折、周りから人気のある廉冶がふいに話しかけてくれるようになったのだ。
きっかけはよく分からない。
ある時、「保志乃って……面白いヤツだな」などと急に言われたような気がする。
……一度たりとも面白い事などした覚えはないのだが。
気付けばよく一緒にいてくれるようになった。たまに一緒に帰ったりする事もある。前はそのまま携帯屋に行った。
携帯アドレスを聞かれ、持っていないというと目をむかれなぜか笑われた。そしてなにかと便利だから是非持った方がいい、と何度も言われ、買うのなら付き合うから、とまで言われて三弥もつい買うことにしたのだった。
……だって……一緒に店に寄って買い物なんて、ものすごく友達らしいじゃないか。しかもアドレス交換とか。ドキドキしながら自分のアドレスを登録したものだった。
そして三弥がそのアドレスを紙に書こうとしたら、「赤外線」と言われたので怪訝な顔をして携帯をまじまじと見るとまた廉冶が噴き出していた。
そういえばまだたまに届くな……誰かまったくわからないメール。
ふと三弥は思い出した。まったくもって心当たりがないため放置してはいるが、迷惑メールとも違うような気がする。
テレビで観るようなものだと、いかがわしいサイトへの誘導などが書いてあったりするらしいのだが、それは違った。最初の時はいきなり「会いたい」などと少し警戒するような内容ではあったが、今は届く内容は至って普通だった。
文自体は短いが、「今日は楽しかった?」「今日は寒かったね」などと言った差し支えのないような言葉が本当にたまにだが届く。
こちらからは何も送り返してはいないが、なんとなく友達からくるメールのような気分が少しして、実はほんのり嬉しかったりするのは廉冶にも言っていない。
友達……。
この間、廉冶ははっきりと「友達」だと言ってくれていた。
とてつもなく嬉しかった。
だが……友達とは実際、何をすればいいのだろう?
ここに住むようになってから今までいた例がなく、一人でずっと過ごしていたので、実はよく分からなかった。
一緒に携帯を買いにいく……これは友達っぽいよね?
一緒に帰る、これも。
他は?
三弥は真剣に考え出した。
「保志乃。そんなに真剣に考えるような内容を先生は言ったか?」
「……えっ?」
気付けばなぜか皆が三弥を見ていた。
廉冶も、少し離れた席でその様子を笑いを噛み殺しながら見ていた。
また何かおかしな事でも考えていたのだろうな、と。
「え……えと……」
「保志乃くん、先生にあてられたんだよ……。53ページのここ、読むようにって」
三弥が困っていると、ふいに隣の席の男子がコソリ、と教えてくれた。三弥は内心果てしなく驚いた。
話しかけられたっ……。
だがフと我にかえると、立ち上がりながら静かに「ありがとう」とその相手に笑いかけて言った。そして教科書を持ち、読み始める。
なので礼を言われた男子生徒がびっくりしたように、だが顔をほんわかと赤らめた様子には気付かなかった。
廉冶は気付いたが。
そして三弥に話しかけた生徒に対しても、また、あんな顔で礼を言った三弥に対しても、なんだがおもしろくなかった。むしろイラついたと言ってもいい。
三弥が教科書を読みあげている間、ムスっとしながら頬杖をつき、明後日の方向を睨むようにぼんやり見ていた。
そして授業が終わると同時に席を立つ。
三弥が座っているところでは、きっかけが出来たのではと思ったのか、隣の席の男子が何やら三弥に話しかけたそうにしている。相変わらず三弥はそんな事すら気付いておらず、今の授業で使っていた教科書などを机にしまっているところのようであるが。
そしてその男子が手を少し上げて口を開きかけたところで、廉冶は三弥の机に手を下した。
「ん?……どうした?斉藤?」
机の前に廉冶がいるのに気付いた三弥が廉冶を見上げるようにして聞いてきた。
隣の席の男子が開いた口でそのままため息をついているのを見てから、廉冶は三弥に言った。
「飯、屋上で食べないか?今日は暖かいし」
「あ、ああ。うん、いいね。でも……えっと方坂、くん、は?」
「あーあいつならイツメンと食うだろ」
「いつ……?」
「ん。おーい、リク!俺、屋上で食ってくるから!」
そうとだけ陸斗の方に叫ぶと、廉冶は弁当の準備をした三弥の腕をとりひっぱった。
「ちょ……」
なぜか無言でひっぱっていく廉冶を不思議に思いながらも、三弥は振りほどく事はなくそのままついていった。
屋上につくと、とりあえず柵のところまで歩き、そこでようやく廉冶は手を離し、そのまま座った。三弥は首をかしげつつも同じように座る。そしておずおずと口を開いた。
「えっと、斉藤?なんか様子おかしくないか?」
「そう?ミヤの気のせいだろ」
廉冶はそう、そっけなく返してきた。
て、名前……?
今名前で呼ばれたような?と思いつつも三弥はそのまま弁当を開け、食べ始めた。
その様子を廉冶は黙ってみながら、同じく朝コンビニで買ってきていたパンを食べる。
ネガティブな思考の持ち主のくせに、こういうところではあまり物事気にしないんだよね、こいつ、などと思いながら。
しばらく2人とも黙って食べ続ける。
さすがに三弥はだんだん、自分は何かしたのだろうか、と思い始めてきた。そしてたまにチラリ、と廉冶を見る。そんな三弥の視線に気付いた廉冶は、またいつものように楽しくなってきた。
なんだか叱られた後の犬みたいだ、などと思いながら食べ終わり、ようやく口を開いた。
「そういや、さっきは保志乃、授業中、何ぼんやりしてたんだ?」
「え?あ、ああ。えっと……その……俺、今まで友達いた事ないから、正直友達って何すんのかなぁとか考えてた」
その瞬間、廉冶が噴き出した。
「え?お、俺、なんか変な事、言ったか?」
「っくく……いや……。で?」
「え?」
「何すんのか分かった訳?」
まだ笑いをこらえながら廉冶が聞く。
「ああ、いや……。そうだな、一緒に帰ったりとか、買い物に行ったりとか……ぐらいは」
「なるほどね。他には?」
「……」
困ったように黙っている三弥を、廉冶はまたおかしそうに見てから三弥の頭をくしゃくしゃにした。
ほんと、こいつ、馬鹿だよね、などと思いながら。
「まあ絶対こうする、とかはないと思うけど」
「そうなのか?」
「んー……そうだな、ガキの頃は見せっことかしたな。大きさとかさ、あとどれくらい飛ぶか、とか」
「?」
「これ、な」