「哀の川」 第三十六話
健康?仕事が出来る?恋人が居る?結婚している?子供に恵まれる?長生きする?いや、もっと簡単なことだ。今を生きている、そのことだけでも幸せなのだ。明日もわからない人や、どん底の悲しみから抜け出せなく引きこもっている人、治らない病にずっと苦しんでいる人など、そして生まれながらにして不幸を背負わされている人、数えたら切がない。
自分が母親を大切に考えることは何も特別ではない。ごく当たり前のことだ。そう心に感じられたことで、杏子の神戸での生活は同居以外にはないと決めていた。杏子は母への思いに特別な感情があった。
どんな思いで亡くなった父と一緒に育ててくれたのであろうか・・・ずっと後悔してきたのであろうか、直樹に異常な想いを抱いた自分にどう感じていたのだろうか・・・
全部をゆっくりと語り合い、母の傍で苦労をねぎらってあげたいと心から願っていた。
佐伯に電話をして、年内は別々に暮らすけど我慢して欲しいと言った。快く返事をくれて、「僕達はもうどこへも行かないから、安心している。ゆっくりと自分のことをしなさい」と付け加えてくれた。
作品名:「哀の川」 第三十六話 作家名:てっしゅう