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虫めずる姫君異聞・其の三

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 自分はこのまま、この盗賊たちの嬲りものにされてしまうのか。そう思うと、耐え難い怖ろしさが胸に押し寄せる。
 二人の男に上半身と下半身を押さえつけられている。弟の方が公子の両脚を持って、大きく開いた。力任せに脚を開かされ、公子の口からくぐもった悲鳴が洩れた。その瞳が恐怖で一杯に開かれている。
 その拍子に捲れた着物の奥の翳りがちらりと見えた。
 男たちが涎を垂らしそうな顔で、互いに顔を見合わせる。弟の方がゴクリと喉を鳴らす音がやけに大きく響いた。
 これから自分がどのような目に遭わされるのかと思うと、恐怖に気が狂いそうになった。
 盗賊たちの目的がはっきりと判らないまでも、自分にとっては極まりない危険に晒されている―即ち最悪の状況であることは自覚している。
 いっそのこと、正気を手放してしまった方がよほど楽なのではないか。
 公子の眼裏に一人の男の面影が浮かんだ。
 男の深いまなざしが包み込むように見つめてくる。
 男の屈託ない笑顔が切なかった。
 今こそ、公子は悟った。
 自分にとって最も大切なのは、公之ただ一人なのだ、と。自分でも公之への恋心はとうに知っていたはずなのに、どうして、昨夜、公之の求愛を素直に受け容れられなかったのだろう。
 今更ながらに後悔が押し寄せた。
 もう、遅いのかもしれない。
 こんな男たちに犯されてしまった公子を、流石の公之も以前のように愛してはくれないだろう。
 もう一度だけ、逢いたい。
―公之さま。
 公子は、心の中で愛しい男の名を力の限り呼んだ。
 辱めを受けた身で、おめおめと生きて生き恥を曝すつもりは毛頭ない。もし、自分が生命を絶ったその後でも良いから―。
 たとえ今は聞こえずとも、いつかこの胸の熱い想いが風に乗って公之の許まで届けば良いと願いながら。せめて、公之への思慕だけは伝われば良いと切なく祈りながら。


 一方、その頃、公之は洛外から漸く京の都に入ったばかりだった。昨夜、泣きながら屋敷を出ていった公子を追い、京まで馬で戻ってきた。都中を探し回ってみても、公子を見つけることはできず、再び洛外に出て探していたのだ。が、やはり公子の姿は見当たらない。
 流石にのんびり屋の公之の顔にも焦りの色が濃くなっていた。女の脚でそう遠くまでゆけるとは思えない。それに、公子は都から出たこともない姫なのだ。宇治の別邸を出て、次に向かうとすれば、やはり住み慣れた洛中だろう。
 そう読んで洛中を探したのだが、結局、愛しい女を見つけられなかった。その後、洛外でも公子を見つけられなかった公之は再び洛中に戻り、まずはもう一度朱雀門辺りを探そうと思い立った。
 相変わらず、巨大な門の周辺には犬の子一匹見当たらない。白昼さえ淋しい辺りだが、この夜明け前の時間は尚更深閑として、公之でさえ近付くのを躊躇するような殺伐とした雰囲気が漂っている。
 公之の脳裡に、最後に見た公子の泣き顔が甦る。
―公之さまも、所詮はあの方と一緒だったのですね。あの方も私にあなたと同じことを仰せでした。私がすべて悪いのだと、私が隙を見せることが、殿方を誘うのだと。
 そう言って、泣いていた。
 今になってみると、公之自身も自分が何故、あのような愚かなふるまいに及んだのかは判らない。多分、伯父公明に呼びつけられ、早く身を固めろとせっつかれたところで、彼自身も焦っていたのだろう。
 それが、彼をしてあのような無体なふるまいに及ばせようとした。だが、それは言い訳にはならない。
 可哀想に、公子は、どれだけ辛かっただろうか。八ヵ月前、公子と初めて禁裏の庭で出逢ったあの夜の出来事がまざまざと思い出される。
 あの日、公子は初めて帝の寝所に召されたのだと聞いた。好色で知られる帝の手から逃れた公子は無惨な姿で打ちひしがれ、泣いていた。まるで見捨てられた子猫のような眼で心細さに震えながら、公之を不安げに見上げていた。
 恐らく、あの瞬間から、自分は公子に惹かれたのだ。公子を助けたいという想いもむろんあったけれど、その中には、たとえ帝から奪うことになっても、公子を攫い自分のものにしたいという欲求もなかったとはいえない。
 とはいえ、公之は公子に無理強いするつもりは微塵もなかった。公子の心が綻び、自分を見てくれるようになるまで気長に待つもりだった。なのに、その誓いも覚悟もどこへやら、公之は結局、帝と同じで公子を欲望のままに犯そうとした。そのことで、公子はいかほど傷ついただろう。自分だけは公子を傷つけまい、何者からも守ってやるのだと誓いながら、このザマだ。
 今から数年前、当時、同僚だった六位の蔵人が突然、ゆく方を絶った。同僚の妻は内裏で典侍を務めており、不幸にも女好きの帝に手込めにされたのだ。それも、厳粛な宮中行事の真っ最中に公衆の面前で御帳台に引き入れられ、辱められるという恥辱を受けた。その後、典侍は自らの身を恥じて、自害して果てたのだ。
 その事件後、同僚は世を儚み、剃髪して僧侶となった。だが、彼は出家した直後、ゆく方知れずとなった。その蔵人は位階こそ公之より下ではあったが、気心も知れた友人として親しくしていた。あのときの友の嘆きと、理不尽に妻を犯され、奪われた怒りは深く、傍で見ている公之もまた辛かった。友をそこまで追いつめた帝に憤りを禁じざるを得なかった。