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虫めずる姫君異聞・其の一

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 美しいという形容が当てはまらなければ、可憐、可愛らしい、もしくは愛敬があると言えるだろう。確かに学問好きで虫好き、これは全くの噂どおり、つまり真実のことではあるけれど、それくらいのこと、何も結婚の障害になるようなことではない。むしろ、世の中には美人でも権高で気位の高い女、己れの才を鼻にかけた鼻持ちならない女はごまんといる。
 その点、公子は自分に学があることを格別にひけらかしたりはないし、そのせいで、良人を蔑ろにすることはない。
 だが。
「ね、可愛いでしょう?」
 と、相模に同意を求めるように微笑む公子の大の虫好きは―やはり、困りものかもしれない。
 何しろ、公子の婿君となる男は、この毛虫を公子と共に眺めて〝可愛い〟と感じる世にも稀な感性の持ち主でなくてはならないのだ。そんな奇特な男はこの世に一人とおるまい。せめて、その厄介な癖を直しさえすれば、この器量と優しげな気性であれば、左大臣の姫という肩書きなぞなくとも十分に求婚者が見込めると思うのだが。
 相模は、再度、溜息を零しつつも、実際にはそれどころではなくて、悲鳴に近い声を上げた。
「姫さま、とにかく、その虫を何とかして下さいませ、何とかっ」
「まあ、相模。そんなに血相変えなくても良いのに。ねえ、こんなに可愛いのにね?」
 と、相模から見れば全身毛むくじゃらで気持ち悪いとしか思えない虫ににこにこと話しかけているのもまた、相模の頭痛の種となりそうだ。
 公子が生まれたその日からずっと傍にいて、この女主人のことを誰よりも理解していると自他共に思っている相模でさえ、この奇っ怪な癖だけはいまだにいまいち理解できない。
「仕方ないわね、相模がそんなに言うのなら。さ、お前、もうお帰りなさい」
 公子は不承不承といった様子で、毛虫をまた元どおりに桜の樹に戻してやった。乳姉妹の内心の不安など知らぬげに、明るい笑顔で雪柳の花を眺めている。
 その時。
 突如として、笑い声が響き渡った。
「公子、そこにいるのか?」
 その声に、呼ばれた公子よりも相模の方が狼狽える。
「姫さま、お殿さまですわ」
 が、公子の方は至って落ち着き払ったもので、微笑みながら頷いた。
「どうやら、そうみたいね」
「さ、お部屋にお戻りになられませ」
 相模に半ば手を引かれ―というよりは、引きずられるようにして、公子は自室に戻った。本当はもう少し雪柳の花や可愛い虫を眺めていたいと思ったのだが、どうやら、今の相模は怖い顔をしていて、公子の頼みなぞ聞き入れてくれそうにもない。
 庭から簀子縁へと上がったところで、相模がその場にひれ伏した。
「申し訳ございませぬ、私がお傍にお付きしておりながら、どうかお許し下さいませ」
 どうやら、相模は父から姫君監督不行届のため、