山つつじ
やはり同じように話しながら上に向かっている男女二人に挨拶をして、通り過ぎた。少し行った所で、洋平が後ろを振り返り「あの二人は夫婦ではないね」と声を低くしで言った。「えっ、どうして」と聡子が聞くと「普通、夫婦はあんなに休み無く話しをしないよ」と言う。聡子は自分をあてはめ、「そういえばそうだね」と言った。
「俺たちもそう思われているよきっと」と洋平が言って笑ったので、「そうかもね」と聡子も笑った。どこか共犯者めいた気分にもなって、より近づいた気にもなってくる。
そんなに高い山ではないはずだが、以前として上に向かって道は続いている。急に洋平が立ち止まったので、聡子は洋平の背中に顔をぶつけた。ほんの少し、ああ、男の匂いと思いながらじっとしていたら、洋平がそのままの姿勢で腕を回してきて聡子の頭を撫でた。
それからゆっくり身体を回転させた。聡子は洋平の胸に抱かれる格好になり、慌てて手をつっぱり離れた。心臓がドキドキと早くなっている。
「ははは、ごめん。山ツツジが見えたものだから、教えてあげようかと思ったら。気持ちのいい感触があったから」と、それでも少し照れたように笑った。
聡子はなーんだと思いながら洋平が指をさす方向を見た。ちょっと前までに見た鮮やかなツツジとは違い、花もまばらなのだが、木もれ日を浴びた朱色の花は美しかった。
ひっそりと、それでも力強くそれは咲いていて、ここ数年の自分に置き換えてしまった。聡子は身体の奥の方から何かがじわじわとわいてくる感じがし、すぐに鼻の奥を刺激し、そして眼から涙となって流れ出した。
あれっ、どうしたんだろう、やだわと思いながらも聡子は止めることが出来なかった。いやその少し甘美な感覚に浸っていたかったのかも知れない。