一羽のココロと理不尽なセカイ
ドアはすんなりと開き、これもまたあっさりと中へ入ることが出来た。
「手薄もいいとこだ」
しかし、入ったのは良いものの、目をこらせば正面に監視役が5~6人牢の前を行ったり
きたりを繰り返していた。
「監視役ども、マインドの一人を捕らえたぞ」
俺は耳を疑った。そう、これは誰あろうハルの台詞だったのだ。
「何っ、捕まえろ!」
好餌社の隊員が俺の腕をがっちりと掴み牢へと放り込まれた。
「ちょっ・・・ハル!何言ってんだ!俺をここから出せ!」
「すまんのう東馬」
そう言うと、ハルは牢越しの俺に顔を近づけ、周りの監視役に聞こえないぐらいの声の
ボリュームで、俺に語りかける。
「ちょっと待っとれ、今のうちに恭介を探してくる。それまでの我慢じゃ」
俺は胸をなでおろした。いや、まだ何事も解決していないのだが、ハルが一瞬裏切った
かと思い人間不信になるところだったからだ。
「とにかく、ここで待っておれ」
俺はしばらく牢の中で過ごすことになった。牢の内部は、全体的に錆びれていて、
寝床のシーツは湿気でやられてる。とてもゆっくりできるような部屋ではない。
地べたに腰を下ろし、20分ほどハルの帰りを待った。しかし一向に帰ってくる気配が
感じられない。顔を鉄格子の間から乗り出し、廊下の先を見てみるが、どうもハルの
姿が無いようだ。
「まさか、本当に裏切られた?」
すると襟元からハルの声のささやきが聞こえた。どうやら俺の襟に彼女は何か通信手段
を取り付けていたらしい。
「東馬、聞こえるか?」
「ああ、お前が裏切ったかと思って一瞬びびったけどな」
「そう言うな、こうでもしないと恭介は救出できんのじゃ。いいか、この通信端末は
もしもの時に役にたつ、何か起きたらわしに連絡じゃ」
すると廊下の奥から3人の監視役がこちらへとやってきた。
「出ろ、シング曹長がお呼びだ」
俺は強引に牢から引っ張り出され、そのままこの牢獄から連れ出されてしまった。
「さぁ乗れ」
言われるように軍用車両に乗り込む。エンジンがかかると、俺を連れてシャロ工業
施設を後にしたのだった。
思索
1
車に揺られること30分。ブレーキがかかるとすぐに隊員達が俺の腕を掴み、目の前に
映った巨大な要塞のような建物に連れ込まれた。
中に入ると、沢山のシャンデリアに、豪華なじゅうたん、壁には金の装飾が施してあり、
とにかく意外にも贅沢な内装になっていた。玄関の中央部から前方へ大きく繋がってい
る登り階段の上に、一人の30代ぐらいの細身の男がこちらを見て笑みをこぼしてした。
「シング曹長、例の男を連れて来ました」
「そうですか、では、こちらへ」
シングと呼ばれた男は、おっとりとした口調で俺を連れた好餌社員を自分の部屋へ
来るように促した。
「ほら歩け」
背中を蹴られながらシングのいる部屋へと向う。階段を上り終え、外が一望できる螺旋
廊下を渡り、急に近未来チックになった内装に唖然としつつ、エレベーターに乗り
最上階より一つ下の階、21階で降りた。そこには既に先にいたシングが部屋の前に
来ると、カードキーでロックを解除した。
「どうぞ、中へ」
「ほら入れ」
再び背中を蹴られる。するとシングは疑問を持つような目つきを俺の腕を掴む男二人に
向けた。
「何をしているのです?誰が乱暴に扱えと言いましたか?」
「えっあの」
「その手を離してあげなさい、自由を奪われることほどのストレスはないんですよ」
すると隊員は慌てて俺を手放し、敬礼をすると再びエレベーターに乗った。
シングは俺の肩に手を置き、部屋に入りながら哀れむような表情で語り始めた。
「全く、隊員達はいつもああだ、もう少し優しさというものを勉強してほしいです」
俺をソファに座らせると、シングはキッチンに向かいティーポットに紅茶のパックを
入れる。部屋の中はさっぱりとしていて、一面の壁はガラス張りで高所恐怖症の人は
決してここに住むことは出来ない、そんな気がする。
「あの・・・どうして俺を?」
「つい先ほど、私の部下がゲルハイム戦争跡地から帰還したんですけどね、面白い物を
持って帰ってきたんですよ」
そう言うと、シングは紅茶を俺の前に差し出した。
「面白い物?」
シングは引き出しからある物を取り出した。
「これですよ」
そう、それは紛れもない俺だけが使うことのできるというレコードボールだった。
「これに見覚えがありますね」
「・・・・」
俺はうつむき、黙り込んでしまう。
「図星ですかね、まああなたのポケットから落ちたらしいですし、こんな貴重な物を
持ってる人間、選ばれた者以外にいませんよ」
どこまで知っているんだこの男。
「あの、それがどうかしたんですか?」
「君がマインドの一員なのは知っている。我々は困っていましてね、マインドのやる
ことにはほとほと嘆息してしまいます。我々好餌社が行っている活動を妨害するのは
もうやめてほしいんです」
何か企みでもあるのだろうか、その不気味な笑みからそういう考えが頭の中を交錯する。
「我々の目的はですね、世界の再生ですよ。その為にも様々な大陸を占領する必要がある
のです。それなのにマインドの連中は、我が好餌社の邪魔ばかりする。実に不愉快だ。
そこで、あなたに一つ頼みたいことがあります」
シングは俺の隣にどかっと座ると、顔を近づけながら声を低くして言い放つ。
「あなたに協力して欲しいんですよ。好餌社の一員としてね」
「なっ!」
耳を疑った。敵であるはずの俺を仲間にしようと?
「レコードボール、実に良い物です。これがあれば全ての人間の心を操れる」
「俺は好餌社なんかに屈しない、仲間になんてなれるものか」
「おっと、この話にはまだ続きがあるんですよ?あなた、恭介とかいう男を探して
いますね?彼を解放してあげます。その代わりに私の部下になりなさい。もし
断れば、わかっていますね」
恭介と俺が殺される。誰が聞いても答えはそうなるだろう。要は、取引をしたいのだ。
シングはカップに入れられた紅茶を一気に飲み干した。
「さあ、どうします?」
不気味な目で俺の答えを待つシング。彼は思っていたよりもずっと陰湿だ。俺が仲間に
なれば恭介が必ず生きて開放してくれるとは、少なくとも100%そうだとは思えない。
けどここで俺が断れば、恭介の命は・・・。
「わかりました・・・協力します」
弱弱しく返事をすると、シングの表情に穏やかさが戻った。
「そうですか、あなたはとても利口な方だ。そうです、友に危険が無いことに越した
ことは無いですよね」
「一体俺は何をすればいい?」
「そうですね・・・・では」
そう言いかけた時だった。俺の襟元から声が漏れた。
「東馬?今どこにおる?恭介はここにはおらん!おい聞いておるのか!」
ハルの声だった。勿論その声はシングの耳にも届いてしまっていた。
シングは無言で俺の目を見ながら口をニヤつかせると、テーブルにあった紙にペンで
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N