一羽のココロと理不尽なセカイ
力ずくでドアを押し開けると、一気に視界が開けた。
「何だ・・・これ」
目の前に広がっていたのは、好餌社の隊員達が地面に横たわる光景だった。
ここから見ても傷が見える。傷はまるで獣に引き裂かれたような、とてもむごい
状態だった。
「グルルッ・・・・」
気がつかなかった。ソレが俺の真後ろにいたという事に。
「うわっ!」
振り向くと、青白い狼のような・・・しかし原形はほとんど無く、常に形が変わり続ける獣の姿がそこにあった。俺はこの時初めて知った。こいつが龍司が言っていた「夢」だと。
そう、好餌社の隊員たちは「夢」に襲われたんだ。
俺はついに覚悟した。「夢」がこちらへ走ってくる。そう、俺は「夢」に食われるんだと、
そう思ったその時。
「ダーンッ!」
激しい一発の銃声が、目をつむる俺の耳を貫いた。
目をゆっくりと開くと、確かにここにいた「夢」は、その場に巨体を伏せっていた。
人の足音が、俺の方へと近づく。
「平岡東馬じゃろう?いきなり好餌社の連中に捕まるとは、ついてないのう」
まるでおじいちゃんのような口調で喋る少女がそこにいた。両手には大きな自分の背丈ほどの銃が握られていた。とはいっても、彼女の背がそれほど高く無いので、俺から
見れば普通の銃だ。
「あの、助けてくれてありがとう。あなたは?」
「ロドシー=ハルウェンじゃ。ハルでいいぞ。ちなみにお主と同じチームマインド
所属じゃ。愛井香に言われての、急いで駆けつけたら案の定、お主何故あんな真似した
のじゃ」
俺が自ら連行されようとしたことか、その時から見ていたんだな。
「実は、恭介が好餌社に捕まっているんじゃないかと思って・・・」
「助けようとして自分から捕まったと、アホじゃな」
「なっ」
ハルは呆れたような表情で溜息をつき、苦笑した。
「引き金も引けぬやつが一人で敵陣に乗り込もうなど、アホにもほどがあるわ、あははは」
思ってもいなかった。まさかそんなことを言われるとは。
「時に東馬、お主のレコードボールはどこじゃ」
完全に忘れていた。レコードボールは確か敵の隊長に奪われたはず、しかしこの場には
既にヤツの姿は無かった。きっと他の装甲車に乗って、本陣へと帰ったのだろう。
隊員を見捨てるなんて、とんでもないやつだ。
「全く・・・アレが無いと仕事が進まないというのに。東馬、わしのバイクに乗れ」
ハルはすたすたとビルの間を潜り抜ける。俺は彼女の後を追った。
バイクを覆い隠していたらしい布をハルが一気に剥がす。するとそこに現れたのは
彼女の容姿からは似つかない黒塗りの大型バイクだった。
「それ、後ろに乗れ。好餌社の牢獄は本拠地とは別のところにある。敵は少ないとは
思うが・・・まぁ、お主が後ろで援護射撃などは無理じゃろうて、わしが運転と援護
どちらともやってやろう」
うわ、嫌味ったらしいやつだ。俺はハルの後ろに乗ると、ハルはバイクのエンジンを
かけ、大きな爆音を鳴らしてアクセルを全開にした。体全体に数倍のGがかかる。
「東馬、前言撤回じゃ、敵がわんさかおるわ」
ハルの言うとおり、前方には好餌社らしき武装集団が道を塞いでいた。
「まさかここを通るのか?」
「ここを通らずしてどう行けと言うんじゃ」
そりゃあまぁ確かにそうだけども、もっと良く前を見て欲しい。道は道でも、それは
街の歩道で、要はまるで路地裏のように狭く、階段もあってとにかくここを突き抜け
ようと考えるのは普通じゃない。
「東馬、しっかり掴まっちょれ」
「うっ」
俺はハルの腰をがっちりと掴み、更にスピードが上がると、思わず目をつむってしまう。
「マインドだ!撃ち殺せ!」
銃弾が俺の目の前を何発もかすめる。しかしハルはためらうことなく重心を左右に
落として見事なまでのカーブでするりと敵の攻撃をかわす。
「ダーンッ!」
ハルは片手で先ほどの長い銃を一発撃つと、目の前を塞いでいた壁が砕け落ちた。
そのまま直進すると、下り階段が目に映った。
「おっおい!前!前見て!」
俺はそう叫びながらハルに道を変更することを促したが、当然彼女はその言葉を無視
して、我が物顔でアクセルを回し、爆音と共に俺の体がふっと宙に浮く。
いや、バイク本体も宙に舞った。飛んでる、今俺たちは飛んでいるんだ。
だが勿論それは一瞬の出来事で、その時俺の目に映るものがスロー再生のように
ゆっくりと見えたのだ。
「追え!追え!」
敵の装甲車も参戦してきた。向こうも全力のスピードで追いかけてきたが、なんせ
こちらはバイクだ、すぐに狭い路地へと入る。が、路地の出口付近には既に先回り
していた敵の装甲車が道を塞いでいた。
「東馬、今からわしが銃で奴等を吹き飛ばす、お主はアクセルを握っとれ、全開での」
「むっ無茶な・・・!」
とっさに俺は右のハンドルを掴み、ぐいっと強く回す。
しかしハルには俺の言葉は届いておらず、肩にかけていた銃を片手で構えると装甲車に
照準を合わせた。
「いくらなんでも銃じゃ無理・・・」
するとハルは引き金を引き、大きな銃声と共に道を塞いでいた数台の装甲車を一気に
吹き飛ばした。
6
敵の追撃を振り切り、俺とハルはそのまま牢獄があるという工業施設前までやって
きた。
「どうしてまた、牢獄がこんな工業施設にあるんだ?」
「わしらの目を欺く為じゃろう、まぁ他にも理由はあるそうじゃが詳しいことは龍司に
聞いてくれ、今はとにかく恭介とやらの救出じゃろ」
バイクとハルの銃を近くの林の中に隠し、俺たち2人はシャロ工業施設と呼ばれた巨大
な施設の中へと潜入した。潜入といっても、施設の中に入ると街があり人が溢れ活気あ
る雰囲気となんともミスマッチな光景に唖然としてしまう。
「これだけ人がいたら、俺たちの存在もばれないで済みそうだな」
「いや、どうやらそう上手い話は無いようじゃ」
ハルの視線が向う先には、数名の好餌社の隊員が街中を探るようにして歩いていた。
「あんな騒ぎがあったんじゃ、付近の街にいる好餌社が捜索にあたるのは時間の問題じゃったの。東馬、お主の拳銃を貸せ。何か起きてもお主は撃てんじゃろ」
自分が情けない気分になりつつ、俺は腰にぶら下げていた拳銃を彼女に手渡した。
「いいか、何が起きてもわしから離れるな」
拳銃を上着の奥にしまうと、ハルは堂々とした表情で街の中心部まで移動する。あまり
にも大胆な行動に、好餌社の連中も気がつかない様子だった。
中心部に到達すると、一際大きな建物が目に飛び込んできた。あれがハルの言う牢獄
らしい、赤い外壁が、おどろおどろしさをかもし出している。
「潜入するぞ、ついてこい」
言われるがまま、俺はハルの後ろをついていく、すると建物の裏にある小さなダクトの
前に辿り着いた。
「まさか、ここから入るのか?」
「阿呆、ここからは入らん。服が汚れてしまうのでな。この裏口から堂々と入ろうぞ」
「それじゃあ前から堂々と入ったほうがまだ怪しまれないんじゃ・・・」
小さな疑問を抱きつつ、ハルは裏口のドアノブをガチャリと回す、すると意外にも
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N