一羽のココロと理不尽なセカイ
何かを書き綴った。そう、ハルにこの紙に書かれた文を読めという意味だった。
「えと・・・ハル・・俺は今、釈放されて、シャロ工業地帯に・・・」
「・・・・ほう、お主嘘をつくのは苦手かの?」
シングは怪しい面持ちで耳を傾ける。
「だったら何で、お主今シングの隣で仲良くティータイムを楽しんどるんじゃ」
俺は急いでガラス張りの壁から外を見回す。シングも取り乱したかのように通信機器に
手をかけると、隊員たちに連絡を入れた。
「マインドがこの要塞のどこかにいます!さっさと消し・・・・」
「バリーン!」
ガラスは破られた。そう、ハルが飛び込んできたのだ。
「なっここは21階だぞ!一体どうやって・・・」
「言い忘れておったがのう、この通信機はGPSにもなっておる。お主がシャロを出て
すぐに反応があったからの、尾行させてもらったぞシング。話は隣の部屋から聞かせて
もらったわい。なんともちんけな儲け話じゃの、そんなことより部屋の壁の厚さを
もっと頑丈にしたほうが良いのではないか?」
ハルはそう言いながら、俺が渡していた拳銃を返してきた。俺は銃は使えないのだが。
シングの部屋の入り口に好餌社の隊員たちが押し寄せてくる。
するとハルは勢い良く俺を抱えて割れた壁から外へ飛び出した。しかしどうしたことだ、
ここは21階のビルで俺たちは今そこから飛び降りている。イコールそれを意味
するのは・・・・・転落だ。
「ってバカー!」
落下し続ける俺とハル。恐怖で何故か涙もこぼれる。
「ハル!何してんだ!落ちたら死ぬことぐらいわかって・・・」
「わかっておるわ。黙って見ておれ」
冷静に振舞うハル。と、上からロープが垂れ下がった。出元はビルと俺達との絶妙な距離感を保ち続けるヘリだった。ハルは左手でロープを掴み、右手で俺を先にヘリへと
乗せた。すると驚いたことにヘリの乗り口でロープを固定していたのは好餌社に捕まったはずの恭介だった。
「恭介、お前何で」
「ハルがシャロの牢獄まで助けに来てくれたんだ。話しは聞いてる、とりあえず詳しい
話はここを離れてからだ」
ハルも続いてヘリに乗り込む。
「良いぞ、行け!」
ヘリはけたたましい羽の音を鳴らしながら好餌社本社ビルを後にした。
2
「それにしても東馬、お前よく無事だったな。好餌社に連れられてよ」
「ありゃシングじゃ、銃も握ったことのない臆病者じゃ」
好餌社の本社ビルを上手く抜け出せた俺は、ヘリ移動中、助けに来てくれた恭介とハルに挟まれて考え事をしていた。
「なぁハル、お前は恭介はシャロの牢にはいないって、さっき言ってたよな、じゃあ結局
恭介はどこに捕まっていたんだ?」
「ああ、あれはシングを引っかけるための嘘じゃ」
「でもいないって・・・あのシングって男は恭介がシャロで捕まってることを知ってる
はずじゃ?矛盾が起きるだろう」
「誰もシャロなんて言っておらんぞ、ここにはいないと言っただけじゃ。シングはきっと
『ここ』と聞いた瞬間、彼自身がいる『ここ』好餌社本社にいると勘違いすると考え
ての、わざとどことは言わなかったのだ」
なるほど、心理戦ってわけか。
その後、ヘリは無事学校の屋上へと着陸した。
「東馬!恭介!」
するとすぐさま龍司が駆けつけて、ほっと胸を撫で下ろした。
教室に戻ると、ジャックが神妙な面持ちで窓際にもたれていた。
「ジャック?」
「部屋に戻れ、今回の作戦は中止だ。好餌社の侵攻が止まったんだ、戦う必要は無い」
そう言われて、俺と恭介は自分たちの部屋へと向った。その途中風森が廊下の横で
俺たちを待っていたかのように声をかけてきた。
「恭介、お前どうして勝手にこの校舎から出た?こうなることはわかっていたはずだ」
「お前には関係ねぇよ、俺がここから出ようが出まいが、他人に口出しされる筋合いは
ねぇ」
「お前の突拍子も無い行動が、一人の人間を殺すところだったんだぞ」
すると恭介は黙り込んだ。
「もう少し頭を冷やせ」
風森は吐き捨てるようにそう言うと、廊下の奥へと消えていった。
恭介は黙ったまま、部屋の中へと入る。
「なぁ恭介、本当にどうしてあんなことしたんだ?」
思い切って聞いてみる。
「・・・龍司が言ってただろ、東馬をチームマインドに配属させるって。今回のチームマインドの任務は校外への派遣だった。俺、ここに来たばかりのお前にそんな酷な任務
やらせたくなかったんだよ。だから俺が先に校外調査に入ったんだ。そうすれば
お前の仕事が無くなって、危険を冒さないで済むって思って」
恭介はベッドに倒れこむ。
「でも、無理だった。やっぱ俺半人前だわ」
心なしか、その時の彼の声は泣いているように聞こえた。
その日、俺は掃除用具入れの前に立ち、これまで起きた出来事を思い返していた。
一度この曇りきってしまった気分をリセットするのも良いのかもしれない。
そう思った俺は、ノブに手をかけ合言葉を口にする。
体が受けている重力がふと無くなるような感覚が全身に走った後、以前にも見た
真っ暗な世界が広がった。
「ほら、また会えた」
白い光が人の形を作り、そしてソレは俺に語りかける。
「一体お前は誰なんだ?今度こそ聞かせてもらおうか」
「まだ駄目、時が来たら・・・」
彼は消えて一筋の光が差し込み、やがて一線は広がり俺は現実の世界に叩きつけられた。
「う・・・ん・・」
目を覚ますと、確かに現実世界の学校だった。時刻は12時過ぎ、俺が御坂と共に
精神世界へ向った時間と同じだった。
5、6時限目は体調が悪いということで早退させてもらった。あんなことがあった
後に授業なんて出来るはずもない。疲れがピークに達したらしく、俺は帰宅したとたん
ソファに倒れこんだ。
しばらく寝ていたが、妹の花蓮が帰ってきた音で目が覚めてしまった。
時計を見るが、母が仕事から帰ってくるまで2時間ほどあり、腹を空かせた花蓮が
部活用具の卓球セットを床に置きそのまま壁にうなだれる。
「兄ちゃんどうしたの、珍しくすっごい疲れてるね」
おちょくるように花蓮は俺の前を横切る。
こいつはヘビーゲーマーだ。精神世界の話をすれば食いつくだろうななんて考えながら、
俺は花蓮に答える。
「色々あってな、でもまぁ少し眠れたしもう大丈夫だ」
「じゃあさ!」
そう言ってバッグから取り出したのは、確か昨日発売の新しいゲームソフトだった。
おおよそ部活の帰りに店に寄って買ってきたのだろう、まぁそれしか考えられない。
そしてこうしてそのゲームのパッケージを俺に見せてくるということは、早速プレイ
しましょう、そういうことだきっと。
『戦慄のヴァルトロス~消えた天使の城~』と書かれたパッケージからは、俺が思うに
これはRPGで一人プレイ用だ。何故俺に渡す?
「さぁさぁ、これネットですっごい叩かれてるバグ満載のゲームらしいから、兄ちゃんに
やってほしくて」
ああなるほどな、要はおふざけってわけか。
しぶしぶながらも俺はソフトのディスクをゲーム機本体に入れた。
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N