一羽のココロと理不尽なセカイ
「恭介君はね、とっても情が厚い子で、現実では彼とても慕われていたらしいわね」
愛井香はペラペラとページをめくりながら口挟んだ。
薬師寺恭介と書かれたページに到達すると、プロフィール表のような資料をファイル
から引き抜いた。
「学校からの外出履歴は出てないわね」
「あの、これってただの紙ですよね?外出履歴って、誰かが見てるんですか?」
これは俺の素朴は質問。
「学校から出る時はどんな理由があるにせよ、玄関にある紙にサインしないといけないの。
それは監視員がチェックしてるから、見逃すことなんてまず無いと思うけど。
まぁもし監視員の目を逃れて、サインもせずに外出したというのなら学校にいなくても
頷けるわね。そんなことする必要があるのかは別として」
「そう・・・ですか、ありがとうございます」
俺は引き戸を開け保健室から出ると、部屋から持ってきた龍司から渡された拳銃を
腰にぶら下げ、校外へ出ることにした。恭介の居場所もわからなかったが、いても
たってもいられなかったからだ。
監視員の隙を見計らい、玄関から校庭へと出る。教室から見られる可能性も考えたので、
出来るだけ校庭周りの林に隠れながら門の外へと足を踏み入れた。
この世界に来て初めての校外だったせいか、妙な違和感を覚えた。景色はまるで
現実とはかけ離れていて、何だか空気も重い気がする。これは気の持ちようだと思うが。
目の前に広がるのは見知らぬ土地ばかりで、迷いでもすれば一筋縄では帰れそうに
なかった。恭介の名前を呼びながら、入り組んだ道を進むと、開けた道へと出ることが
出来た。そこで俺は驚愕した。
「何だ・・・これは・・・」
俺の目に映ったのは紛れもなく都会の風景、しかしそのほとんどのビルが破壊され、
積み重なるようにビル同士が倒れ、道は巨大なクレーターのようにへこんでいた。
そう、これはまさしく戦争の傷跡だ。
いたるところに古い血しぶきの痕がこびり付いている。中には新しい痕もあった。
「き・・恭介・・・。恭介ーっ!」
ビルとビルの間を吹き抜ける風の音だけが聞こえるこの場所で、俺はひたすら恭介の
名前を呼び続けた。
「ガコンッ!」
するとどこからか大きな金属音が聞こえた。
「何だ」
恐怖のあまりに声が裏返る。
腰にぶら下げていた拳銃を手に取ると、俺は周囲を見回す。その時、俺の脳裏に龍司の
言葉がよみがえってきた。『身を守る物が無ければこの学校から外へは出るな。夢に喰われちまう』その台詞を思い出した俺は、震える右手を前に突き出す。
「来るなら来い・・・返り討ちにしてやる」
引き金に人差し指をかけたまま、その場に立ち竦んだ。
右に目をやると、人っ気のない廃墟ビルの入り口が空いていた。俺はたじろぎながら
廃墟ビルの中へと入った。
電気は通っていないらしく、何度部屋の蛍光灯スイッチをオンにしても点かなかった。
「恭介・・・俺は一体何をしてるんだ。こんなことで怯んでちゃ戦えもしない」
悔し紛れに自分に苛立ちを覚えながら二階へ移動する。すると外が急に騒がしくなって
きた。窓から覗くと、見たことの無い武装を体中に施した20数名ほどの男たちが
ぞろぞろこちらのビルへと近づいてきていたのだ。
よく見ると、彼等の制服には『好餌社』の文字が刻まれていた。
「あいつらが好餌社・・・勝てるわけ無い・・」
拳銃に込められた弾の数を数えるが、せいぜい15発でどう考えても分が悪かった。
既にビル内に入ってきたらしく、数人の声が聞こえてきた。
「本当にここに入ったのか?」「ああ、間違いない」「罠じゃねぇだろうな」
声が大きくなるにつれて震えが激しくなる。今やつらは1階の隅々を確認しているんだ。
それが終わればここに来る。3階に上るか?だが脚が言う事をきいてくれない。
腰が砕けたようだ。
「俺、先に2階見てくる」
「くっ・・・」
動かない体に鞭を打って、どうにかしてソファの裏へと隠れた。心臓の鼓動が直接
耳に聞こえてくるほどの緊張感が俺を襲う。
「今2階にいるのは1人だけだ・・・何とかすれば上手く逃げられるか」
足音が近づいて来た。きっとすぐそこにいる。俺は全力でソファの陰から駆け出し、
目の前にいた好餌社の兵士に肩からぶつかった。
「うわっ」
兵士が怯んだ隙に俺は拳銃を握り締め、倒れこむやつに馬乗りになった。
「ひぃっ!」
相手のおびえる顔を見た瞬間、俺の気持ちに変化が起きた。
震える人差し指に冷たい引き金が当たる。が、俺は中々撃てない。
彼の顔を見るまでは、確かに俺の心の中にあった殺意、それがふっと消えたかのよう
だった。
脱力した俺を見た兵士は、足で俺を蹴り飛ばし、自前の拳銃で俺の頭に狙いを定めた。
するとすぐに1階にいた好餌社の増援が駆けつけ、俺は一瞬にして周囲を囲まれて
しまった。
「まだ撃つなよ、確認したい」
階段の奥から聞こえてきた声の主は、この敵部隊の隊長か何かだったのだろう。
その言葉で兵士たちがすっと俺のそばから離れる。
「お前、何処の者だ。マインドか?」
男は俺の顔をまじまじと見ながら質問する。
「だったら・・・どうするんだ」
「監獄へ連れて行く。尋問し貴様らの情報を搾り出し、最終的には射殺だ」
俺はこんな状況にも関わらず、恭介のことを思い出していた。もしかしたら、恭介も
好餌社に捕まって、今は監獄にいるんじゃないか?そんな予想が頭をよぎった。
すると俺は目の色を変えた。
「俺はチームマインドの一人だ。さっさと監獄へ連れて行け」
言ってしまった。もう後には戻れない。
「ほう、大した忠誠心だな、連行しろ」
男が合図をすると、兵士は乱暴に俺の両腕を掴み、引きずるようにしてビルの外へ出た。
何かの拍子に俺はポケットからレコードボールを落としてしまった。
「ん?これは・・・」
兵隊長がレコードボールに気付くと、手に取りそして俺の顔を今一度確認するように
見てきた。
「こいつは良い、使えるかもしれんな」
ニヤつく敵の表情を窺いながら、俺は常に恭介のとこを考えていた。
5
装甲車のような車に押し込まれ、自分の向いている方向もわからなくなるほどの暗闇に、俺は不安を覚えることしか出来なかった。
「隊長!前方に何かいます!」
一人の好餌社の隊員が、跳ねるような声で言い放つと、その他隊員達のざわつく声が
聞こえてきた。
「まずい!狂犬だ!」
狂犬、彼らは確かにそう言った。が、俺は真っ暗闇の中にいるため、何がどうなってる
のかさっぱりわからない。犬なんかに驚いているのかと、少し疑問に思っていたその時。
俺の乗っている装甲車が大きく傾いた。ただでさえどっちを向いているかわからない
のに、俺はぐるぐると回るような感覚に嫌悪感すら覚えた。
「撃て!撃て!」
外から発砲音が聞こえる。しかしそれはすぐにもおさまった。一体何が起きているんだ?
俺が入れられていた装甲車の後ろの方から、外からの小さな光が差し込んでいた。
とりあえず状況を確認する為、外に出てみることにした。
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N