一羽のココロと理不尽なセカイ
今このタイミングで話しかけるのも何だか気が進まなかったので、しばらくしてから
渡すことにした。
「東馬、おい東馬」
廊下の隅から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の主は正真正銘の智也だった。こいつ、授業サボってたな。
「智也、一体何してたんだよ。お前の大好きな数学だったってのに」
「けっ何言ってんだ。お前だって大好きな『御坂さん』との会話はどうしたんだよ。
ほら、今一人だぞ」
気がつけば確かに御坂は一人になっていた。
「何が大好きだ。ただの友達だ」
「まっ、何とでも言いなされ」
智也の軽い口調には心底うんざりさせれた。あいつがあんなこと言うのは珍しい。
俺はそのまま御坂に紙を渡そうと、彼女の机に向った時、これもまた不幸な事で
3時限目が始まったのだった。
放課後、俺はその後の休み時間を挟む度に御坂を探したが、ついに彼女を見つける
ことは出来なかった。ついてなさすぎる。
嘆息しながら俺は昨日借りた小説を返す為、図書室に向った。
続き物がズラリと並ぶ小説コーナーにて、俺は絶賛選び迷っていた。
視線を横に向けると、昨日御坂が座っていた棚奥のイスが目に映った。そういえば、
智也が言っていた7不思議の話、「棚奥に隠された陰謀」とやらは本当なのだろうか。
興味本位で棚奥へと向う。
すると、そこには異次元への扉が・・・・・!
なんてことは無く、ただの本棚が前に堂々と構えていただけだった。そりゃそうだろう。
「恭介たち、今どうしてるんだろう」
そんなことを思いながら、続きの小説を借りる。
精神世界での時は止まったまま、だったっけな。だったら心配する必要は無いか。
用が済んで、図書室から出ようとした時、廊下を歩くある人物を見て、俺は焦らずには
いられなかった。
「風森っ!」
そう、風森真二がそこにいた。
「風森だよな?まさかお前もこの学校にいたなんて・・・」
「東馬・・・?フンッ」
すると風森は、彼の肩をグッと掴む俺の両手を振りほどくと、冷たい目を向けられた。
「東馬、戦場において、妙な馴れ合いはよしてくれ」
「ここは戦場なんかじゃないんだ。ただの普通の学校だ。話しぐらいしたって」
「僕は君が嫌いなんだ」
風森はそう吐き捨てると、そのままどこかへと消えていった。
だが一つわかったことがある。
「俺以外にも、この学校の生徒で、精神世界のことを知っている人物がいる」
2
家に帰ると、妹の花蓮がリビングのテレビでゲームをしていた。
俺はゲームには興味がないので、そのままスルーしてソファに座り今日借りた小説を
バッグから取り出す。
横から聞こえてくるゲームのBGMからするとなにやら妹は今敵と戦闘中らしく、
コントローラーのボタンを激しく押す音が部屋に響く。花蓮、やけになってないか?
「そんな激しく連打する必要があんのか」
問いかけてみる。丁度敵を倒したところだったようで、一息ついてから花蓮はドヤ顔で。
「連打する必要はないよ。ただ負け続けでイライラしていた」
それだけ言うと、再び冒険の旅が始まったらしく、広大な草原と主人公と思しき人物
がテレビの画面に映る。
花蓮は今中学3年で、この調子のまま、ヘビーゲーマーとしての人生を生きる絵図を思い浮かべるだけでも心配になってくる。花蓮が中1の頃、『ゲームの世界に入りたい』と
言い出した時は流石に俺も引いた。
「東馬?帰ってたのね。もうすぐ夕飯だから、着替えてきなさい」
母の一言で、花蓮もゲームを止めてドタドタと手を洗いに洗面所へと走った。
花蓮と話していて小説もほとんど進まなかった。
次の日、登校を終え、下駄箱で靴を履き替えていると、ふと恭介たちのことを思い出
した。精神世界と現実との時間軸は、互いに対照的に動いている。だとすれば、
俺がいないこの間は、俺の存在は向こうの世界ではどうなっているのだろう。
「何ボーっとつっ立ってんだよ東馬。遅れるぞ」
智也だった。
教室に入ると、ほとんどの生徒が既に席についていた。
俺は自分の机の上にバッグを置くと、イスに座り1限目の国語の教科書とノートを
取り出した。
午前の授業が終わり昼休み、俺はバッグを抱え掃除用具入れの前に立つ。
見ようによってはおかしな光景だろうな。
龍司が言っていた事が本当だとしたら、この掃除用具入れは精神世界と繋がっている。
すると俺は躊躇なしにノブに手をかけ、勢い良く開いた。
カランッ
ほうきが倒れ落ちる音がした。
前を見ると、そこにはバケツ、塵取り、ほうき等が保管されている。
そう、『ただの掃除用具入れ』がそこにあった。
「そんな、ここが入り口じゃ・・・」
そんな言葉を漏らす俺を見ていた智也は、哀れむような表情で語る。
「なぁにしてんだ東馬?入り口って何だ」
おかしい、こんなはず無いと、俺は急いで真二を探した。
「あいつなら・・・あの世界のことも知ってるだろ」
校舎を探し回ったが、真二は見つからなかった。
「もしかしてあれは夢だったのか?精神世界なんて元々無かった?」
しかしそれは無理な思い込みに過ぎなかった。ポケットにはいつしか手に入れた
白い宝玉「レコードボール」の感触があったからだ。
宝玉の存在が、全てを物語っていた。
その時、廊下から走ってこちらに向ってくる一人の生徒がいた。
「平岡君、前に返してくれた紙、あれ違う紙だったわよ。平岡君が持ってるんでしょ?
あたしのノートの紙切れを」
御坂だった。
「あ・・・ああ、そうだった。前から言おうと思ってたんだけど・・・」
俺は慌ててポケットに手を突っ込み、昨晩左ポケットに入れた御坂のノートを取り出そ
うとした。しかし手を入れたのは右のポケットだった。
間違えて急いで手を切り替えようとしたその時。
レコードボールが床へと落ちた。
「平岡君っそれ・・・」
御坂は動揺しているのか、ワナワナと振るわせる口で小さく呟く。
「ごめん御坂、こっちだった。はい」
本物の紙切れを御坂の手へと渡すと、彼女は一段声色を低くして話し始めた。
「平岡君、どうしてあなたがそれを持っているの」
「御坂、お前これ知ってるのか?」
しばらく黙り込む御坂。顔は下を向いたまま、口を動かす。
「あなた、精神世界にいたのね」
一瞬俺の脳内がフリーズしたかのようにも思えた。現実の世界で精神世界のことを
話したのは、彼女が始めてだった。
「ああ、マインドにも入隊した。でもおかしいんだ。精神世界へ戻れなくなって・・・」
「ちゃんと合言葉は言った?」
「いや、むしろ合言葉の存在を今知った」
「はぁ・・・」
がくりと肩を落として嘆息する御坂。
「龍司に言っておかなくちゃ・・・もっとリーダーっていう自覚を持ってほしいわ・・・」
御坂は聞こえるか聞こえないかの小さな声でボソッと独り言を漏らすと、我に返った
かのように目をパッと開き、周りに他の生徒がいないかを確認した後、合言葉らしき
フレーズを口にした。
『コネクト』
するとドアが開いた途端、吸い込まれるようにして俺と御坂は掃除用具入れの中へと
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N