一羽のココロと理不尽なセカイ
「ははっいっちょ前に俺を敵と見るか」
「アンタは好餌社で、俺はマインド。それ以外にどんな理由がいる」
ジャックは困ったように頭をかく仕草を見せると、溜息をつきながら俺に言葉をかける。
「持して死ぬ者、生きる者。戦争の世界じゃ何もかもが現実だ、勝った者が正義になる。
まったく、何て馬鹿馬鹿しい話だ」
「その馬鹿馬鹿しい戦いの最中に、敵に寝返るなんて誰が考える?」
再びジャックの困った顔を見た後、俺は今井の体から霊体が出てくるのが見え、
素早くレコードボールを投げつけた。霊体は吸い込まれるようにして宝玉の中へと
納まった。そのまま俺は研究所を後にしようとした。
「全く、成長したな東馬」
ジャックがぼそりと呟いた。
「人を殺すのが成長?俺はそうは思わない」
部屋を出る間際に、ジャックは質問をしてきた。
「お前をそこまで変えたのは一体何だ?」
「俺は…あまりにも色々なものを見過ぎた」
ジャックを残し、俺はその場を後にしたのだった。
精神世界へ戻る時も何だか気持ちが滅入った。本部に帰っても龍司はいない。俺が
今井を殺したからって、あいつが戻ってくるわけじゃない。
今井が持っていたアタッシュケースからは血のり付の坂本氏のタグが見つかった。
彼もまた犠牲にしてしまった。
俺は無言のまま恭介と俺の部屋に入った。
「まぁ、何だ、龍司の件は残念だったな…」
心配されてどうするんだ。きっと皆俺と同じ気持ちでいるだろうに、これじゃあまるで
俺が甘えているみたいじゃないか。
「これが、戦争の世界である以上、こういった事は少なくない。それも承知で、お前は
マインドに入隊したんじゃないのか?東馬」
ぐさりと恭介の言葉が心に刺さる。彼の言うとおりだ、俺が弱いだけなんだ。でも、
やっぱり、人が死ぬ所なんて見たくない。悲しくなるのは強い弱いの問題じゃない。
人間ならそう思うのが必然だろう。
「なぁ恭介」
「ん、何だ」
「この戦いを続ける意味は、あるのかな」
その言葉を聞いた恭介は落ち着いた表情で答える。
『俺もここへ来て少ししか経ってないから偉そうなことは言えないが、俺は、戦い自体に
意味なんて無いと思っている。でもこの世界は、好餌社と戦わないと現実の人たちに
苦しみを与えてしまう。だから仕方ないんだろう」
「幸せだけを知っている人間が、本当に幸せだとは思えないけどな…」
俺がそうつぶやいた時、俺たちの部屋のドアが勢いよく開いた。
「御坂っどうした?」
「南の大陸が…好餌社に占領されたわ」
再び、そして失望
1
御坂から驚きの報告を受けた俺と恭介は、急ぎ会議室へと向かった。
会議室に入ると、それぞれのクラスのリーダーが、設けられた席に座り口論の
まっただ中だった。
1―Aの席は空いていて、再び龍司の事を思い出しては目じりが熱くなる。
「君たちは一体何だ、今は会議中なんだが」
「俺は1―A兼チームマインド所属、平岡東馬です。一つ聞きたいことが…」
「君が平岡君か!レコードボールの使い手だとか。それで?聞きたいこととは?」
俺は先ほど御坂から聞かされた、好餌社の大陸占領の話について質問をした。
「ふむ、まず君には、4大陸の説明をしておいた方がいいかもな」
「4大陸…?」
「俺たちが今いるここは、北の大陸“ヴィスマ”西の大陸は湿地帯が広がる“オズ”
東の大地は魔女が住むと言われている荒野“ケーヌ”そして、今回問題になった
南の大地は、4大陸の中でも最も技術が進歩した大都市“ガデル・オロ”ここは大陸
全土が都市になっている」
驚いた、南の大陸全てが大都市で成り立っているとは…それにしてもそのガデル・オロ
って場所は他の大陸と比べて一際浮いているような気もするが、そこは今は聞かないで
おこう、話がややこしくなる。
「今回はそのガデル・オロが好餌社に占領されたって話だ。我が軍の駐屯基地は無いに
しても、現実世界への影響が懸念される…」
男はこぶしを握り締め、視線を落とした。
「俺、ガデル・オロに向かいます」
すると会議室全体がざわつき始めた。
「何を言っているんだ君は?一人でか?無茶を言うな、大陸横断ならまだしも好餌社の
占領下にあるような場所だぞ、自殺行為だ」
「それでも確かめたいんです、好餌社が本当に俺たち人間にとって滅すべきものか
どうかを」
その言葉を聞いた男が席を立ち、苦い顔をして反論した。
「滅ぼさずにどうしろと言うんだ。好餌社は世界一危険な集団だ、そんなやつらを野放し
に出来るはずが…」
「彼らだって人間です!家族がいて友人がいて、恋人もいる。もし上の人間だけの言葉で
拘束的に動かされているとしたら、あなたたちはその人間を殺せますか?」
場の空気が凍りついたように重苦しく沈んだ。
俺は黙って会議室を出ようと踵を返すようにドアのほうを向く。
「おい東馬落ち着け…」
恭介は心配そうに俺の肩を軽くたたいたが、俺はそのまま場を後にした。
会議室を出ると、すぐ横の壁にもたれかかるように立つ一人の青年の姿があった。
「風森?」
風森はメガネを右手でくいと直すと、重い口を開いた。
「盗み聞きは好きな方じゃないが…今の話、聞かせてもらった」
「なんだ、お前も俺を止めるクチか?」
すると風森が意外な言葉を言い放った。
「俺もガデル・オロへ連れて行ってほしい」
拍子抜けした俺を見て、風森は話を続ける。
「以前俺のせいで仲間の命を危険にさらした。償いじゃないが、俺はあの妙なことを
俺に吹き込んだシングってやつが許せなくてな。この手でやつを仕留めないと気が
おさまらない。だから東馬、俺を連れて行け」
風森は真剣な眼で俺を直視した。このままだと逆に彼を危険な目に合わせてしまう
かもしれない。それでも彼はついてくるだろう、何故なら彼の目がそう語っていた
からだ。
「お互い、現実世界にはしばらく帰れないだろう。それでも大丈夫か」
「ああ、覚悟は出来ている」
2
風森を連れて正面玄関へと向かうと、彼は玄関付近にあったパソコンに手をつけた。
しばらくキーボードを叩く音が廊下に響いた。その後風森がエンターキーを押すと、
グラウンド全体に張っていた見えない壁がすうっと消えていくのが見えた。
「まさかお前」
「ハッキングなら任せておけ、回線を焼け切っておいた」
それはハッキングではなくただ破損させているだけだ。
2人で学校を出て、大陸を渡る船を手に入れる為に小さな船着場へ向かった。
もちろんこの船着場にある船は全て個人所有のもので、新しく船を買うとなると
相当な金額が予想された。ここへ来ていきなりのトラブルである。
しばらく考えこんでいると、一人の女性が一隻の大型船の中から出てきた。整備でも
していたのだろうか、その姿は少し汚れて…。
「って、御坂か?何してるんだこんなところで」
そう、その船から出てきたのは紛れもなく御坂だったのだ。彼女は誇らしげに胸を
張って公言した。
「この船私のだから」
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N