一羽のココロと理不尽なセカイ
「あいつだけは知っていた。私が好餌社の工作員だということをな」
「なっ」
「これでわかったろう、村山を殺した男…そりゃあ高松龍司!お前らのリーダーなんだよ」
どういうことだ…龍司が……犯人?
「滑稽な話だなっ仲良しごっこでもするつもりだったのか?なぁ、龍司」
龍司はバツの悪そうな顔をしながらとうとううつむいてしまった。どうやら彼が
好餌社の計画に関与しているのは事実のようだ。
「今井、俺は任務を果たした。こいつらはほっといてもう…」
龍司が言いかけた時だった。
『パンッ!』
一発の弾丸が、俺の左腕を突き抜けた。
「今井!こいつらには手を出さないって言ったはずだ!話が違う!」
「私がいつ、引き金を引いた」
今井は不気味に、そして恐ろしい表情で龍司を押しのける。
「確かに、『私は手を出して』いない。だがこいつらなら、今すぐにでも君たちを
銃殺出来るんだよ」
今井がそう言うと、部屋の外に隠れていた好餌社隊員たちがどこからともなく流れ込
んで来た。既に部屋に隠れていた敵の姿もここから見えた。
「はめやがったなこの野郎!!」
龍司は拳銃片手に今井の懐に入ろうとした次の瞬間、四方八方からの銃撃をまともに
食らった龍司は、その場に屍のように倒れこんだ。
「龍司ぃ!」
俺は痛む左腕を抑えながら龍司の元へと駆け寄り彼を担ぐと、ナユタの指示が後ろから
聞こえた。恐らく逃げ道を見つけたのだろう。
「おや?もうお帰りかな?まだ話したいこといっぱいあるんだけどね」
「もういい十分だ」
俺は必至に涙をこらえようとしたが、次々と溢れてくる雫は止めることは出来なかった。
「お前たち、殺ってしまいなさい」
今井の合図を受け、好餌社隊員は一斉に俺たちの方へと銃口を向け、銃弾の嵐が
部屋中を飛び交った。
「東馬こっちじゃ!ほれ、龍司をわしに…」
「ああ、すまん」
「一体何がどうなってんだよー!チクショー!」
この時の俺の気持ちは、ラトの口から出たものと同じ感情だった。
「敵が多すぎるね、これじゃ一般市民に僕達の存在がばれちゃう」
ナユタは普段通りの冷静さで適格な判断、指示を出す。
一方ハルは龍司を抱えたまま器用に銃を使い回し、敵の軍勢に切り込み隊長のような
勢いで突っ走った。
気が付くと、俺たちは臨時本部のテントの中にいた。
ハルが龍司をベッドの上に乗せ、医療用具を取り出す。
「うっ…」
「龍司っ!?」
「わりぃこと…したな…。でも、ああするしか……なかったんだ」
龍司は血で真っ赤になった服を強引に脱ぐ。
「今井が…初めて俺たちと出会った時、俺は既に集めた…情報で奴が犯人だと気づいていた。でも…気づいたのは俺だけじゃなかった。今井も俺がそれを悟ったことを知って、
取引を迫られたんだ。坂本氏の暗殺計画に手を貸せって…な。もし俺が…それを断れば
TMの命は…ねぇって…怖くなって、どうしようもなくて……」
「なるほど、だからわしに狙撃命令を下さなかったってことじゃな」
ハルは急ぎ消毒薬とピンセットと針を手にすると、龍司の胸部にピンセットを入れ、
弾を抜こうとした…が、龍司は彼女のその手を止めた。
「あれだけ受けた傷だ。もういいんだ」
柔らかく微笑んだ彼を見て俺は思わず涙を流した。
「ごめんなハル、俺のせいで…怪我させちまってよ……」
龍司は軽くハルの包帯で巻かれた首を撫でた。
そして、龍司の赤く染まった手が、彼の目を覆う。そして。
「悔しかった!」
大きく口を開き、大粒の涙が手の隙間から零れた。
そう、彼は今の今まで、仲間を騙さざるを得なかった。それがどれほど辛いかは、
本人にしかわからない。ただ唯一してやれることは、皆変わらない一筋の涙を共に
流すことだった。
「でも…俺は……。一緒に泣いてくれる『友達が出来て』幸せ者だな…」
龍司はその言葉だけを残し、それっきり瞼を開くことはなかった。
4
家に帰るのは何日ぶりだろう、花蓮たちからすれば、一日とも経っていないんだろうが、
やはり気持ち的な面で家に入るのも緊張する。
龍司の死を受けて早5日、精神世界で過ごしたこの5日間は苦悩の毎日だった。
彼の死を中々受け入れられず、恭介と喧嘩したりもした。しかしその5日間は、ただ
ぼんやり過ごしていたわけではない。自分に、とある決心がつくのを待っていたのだ。
その決心の思いをぶつけるのは、今日の俺の任務…いや、義務だ。
「ただいま」
「ん、おかえり兄ちゃん」
相変わらずの家の風景に、少しほっとした。
時間は既に5時を回っていて、家に帰るタイミングにしては丁度良かった。
制服から私服へと着替え、玄関へ降りると、花蓮が珍しそうな目で俺を見てきた。
「兄ちゃんがこんな時間に外出るなんて…グレたの?」
「最近の子供は6時や7時まで遊んでるぞ、じゃああいつらはグレグレだな」
怪しまれないように会話を流し、俺は目的地へと向かった。あの日の惨劇の場、
研究所へ。
研究所に着くと、時計の針は5時45分を指していた。それにしては人だかりが
多い道だ。研究所内は殺風景になり、銃弾の跡がいたるところに残っていた。
「大丈夫?あなた一人で」
「羽生、これは俺一人でないといけない。そんな気がするんだ」
「わかった。それとあの今井という男、私の分裂体が取りついている。邪気匂いが…とても嗅げたものではなかった」
「羽生の分裂体が…あいつにも…」
「封印するには、レコードボールを霊体に投げつければ良い」
それだけを言うと、彼女は影と共に消えて行った。目の前にある部屋が、今井のいる
部屋だ。大きく息を吸い込むと、ノブをひねりドアを開いた。
「わっ!」
いきなりの出来事で驚いている様子の今井、しかしこいつを許すわけにはいかない。
俺はゆっくり手にしていた拳銃を今井の頭に向けた。
「どっどうしたんだい東馬君?そんな物騒な物はしまってくれないかい」
「よく言うな、龍司を殺しておきながら、悠々と生きているお前みたいな犯罪者が!」
今井は後ずさりしながら傍にあったアタッシュケースを手に取ると、それを胸に
盾のように抱え込んだ。
「撃てるもんなら撃ってみろ!このケースの中にはたんまりC4が積まれている。
このビルや街道も消し飛ぶぞ!」
「・・・・・」
「大体、何で私なんだ!殺ったのは私の部下じゃないか!銃口を向ける相手が違う!」
慌てふためきながら今井は逃げ道を探る。
すかさず俺は今井の懐に入り、足払いをすると、彼は床に倒れこんだ。
「ひぃっ!」
俺はアタッシュケースを蹴り飛ばし、そして。
『バンッ!』
銃弾は今井の脳天を捉え、即死だった。
しばらくは何も出来なかった。動くことさえも、ただ呼吸をしているだけ。そんな
気持ちになった。俺は、人を撃ったんだ。
放心状態の俺の傍に、ある男が拍手をしながら歩いて来た。
「初めて俺と訓練したときお前はもっとひ弱だったが、変わったな東馬」
ジャックだった。風貌は変わらず、マインドにいた時と変わらぬ様子だった。
「アンタ、敵だろ、俺を殺さないのか」
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N