一羽のココロと理不尽なセカイ
2
現段階での俺たちに課せられた任務は一つ。このトンデモ世界から抜け出すことだ。
この世界は今俺の隣にいる羽生の仕業ではない。じゃあ誰が創ったのか、それは誰あろう羽生なのだ。
悪の心に取り巻かれていた時の彼女が、理性を失い創造したのだという。
まぁどちらにしても、俺はこの世に存在する彼女の魂を浄化させなければいけない
のだから、ここで一つ目の魂を浄化させるのは一種の肩慣らしのようだ。
「そう上手くいくとは思えないな」
海夜は聞こえるか聞こえないかぐらいのトーンで呟く。
「どういうことだ?」
「仮想空間といい、これもれっきとした一つの世界だ。そんなものを創る力を持っている
敵と対等に渡り合おうとするほうが間違っている」
「確かにそうかもしれないけど、こっちにはレコードボールがある。見つけたらすぐに
でもこれで消してやるさ」
海夜は真剣なまなざしで考え込む。
「やつがこれほどの世界を創ったのには、何か意味があるんじゃないか?羽生、何か
覚えていないか」
「いいえ、今の私はこの世界に来たことすら覚えていない」
海夜の考えにも一理ある。どうして彼女が独自の世界を創るわけでもなく、わざわざ
学校をイメージしたのか。
「早くここから出たほうがいいかも、世界の基盤が歪み始めているみたい」
羽生の言葉を耳にした俺たち3人は、一瞬どきりとした。
「まてまて、ここから出る前に…」
「命を優先させろ東馬、一度出るぞ、羽生頼む」
その後、俺たちは羽生の力により元の精神世界へと帰ることが出来た。
精神世界に戻った俺は龍司の発言を聞いて度肝を抜かれた。
「ハルが生きてた?」
「ああ、お前には悪いとは思っていたんだが…こうでもしないと話が進まなかったんだ」
龍司は今までの態度とはうって変わって、とてもおおらかな雰囲気でいた。
「お前にハルの生存を知らせなかったのには勿論理由がある。羽生と会っただろう、
羽生は俺たちマインドにとって重要参考人だ。彼女を連れてくることがお前の任務
だった。だから俺はあんな出来すぎた演技をした。ハルの死を受ければ、お前の
精神状態を不安定にさせ、レコードボールの前保持者である羽生と結びつけることが
できたからだ。本当にすまない、何も言わずに」
龍司は深く俺に頭を下げた。
「でも、これでよかったんだろう?ハルも生きていたんだし、結果オーライじゃないか」
そう、結果だけを見ればいい話だ。もう終わったことだ、何も考え込むことはない。
龍司によれば、ハルは未だ入院中で先ほど羽生のパラレルワールドで出会った海夜と
矢島は、ハルが退院するまでの代理人らしい。まんまと騙された。
「正直俺は龍司の事を本気で軽蔑していたけど、まぁ、そういうことなら仕方ないな」
何がともあれ、悪い方向へは向かっていないようで安心した。
しかし一つ疑問が残る。ハルを狙撃したやつは一体誰かということだ。
「それは俺たちも未だにわかっていない。ハルに直接聞いたほうが良さそうだな」
俺は精神世界にて一日を過ごし、後日現実世界にてハルが入院している病院に俺、龍司、
御坂の3人で見舞いを兼ねて事件当時彼女が見たことを聞き出すことにした。
「よう、どうだ体調は?」
そこには左首から右肩にかけて包帯を器用に巻かれた状態のハルが、ベッドにて上半身
を起こしたままこちらを向いて座っていた。
「ほとんど回復したわい。しかし、まぁ不思議なもんじゃの、先日まで戦場だったこの
病院で、まさか世話になるとは」
精神世界に一度入った者は、どこでどう死のうと自然死以外であれば現実の人間の
記憶から消えてしまう。だからこの病院にいる人間には事件のことは全く知らない。
しかし不憫な話だ。死んでも他人の思い出にもならないというのは、自分もいつか
もしかしたら家族や友人たちの記憶から消え去ってしまうと思うとぞっとする。
「いつまでも他人の記憶にこびり付くのも、そいつらの為にならないと思うけどな」
龍司の意見も多少賛同出来るものだった。それでも、俺は皆に覚えていてほしいと
思うけどな。
「ハルさん、単刀直入に聞きます。事件当日、あなたを撃ったのは一体誰ですか?」
御坂は傍にあったイスに腰掛けながらハルの目を直視する。
「相手が見えたのはほんの一瞬だけじゃったが、鮮明に覚えておる」
「一体誰なんです」
「風森信二じゃ」
意外過ぎる答えに、俺たち一同は呆気にとられたように凍りついた。
「それは…本当なのか、ハル」
しかし彼女は首を横に振る。
「断言は出来ん。そこにいたということだけはわかっておる」
複雑な事件構図が、更に迷宮入りした。
「ちょっと失礼、ナユタから電話だ」
そう言って龍司はバイブレーションで震える携帯を手に取り、病室から出る。
「それにしても風森が…」
「彼の腕なら出来ないことではないわ、一体どこから撃ったのかしら」
「確かあれは…」
すると龍司が大きな音をたてて急ぎ部屋に入ってきた。
「どうしたんだ龍司?」
「村山玄膵総司令官が…殺された」
本部からの突然の訃報で、俺たち3人はハルを残したまま精神世界へと戻った。
本部内には重い空気が流れていた。
「村山総司令官の遺体は?」
龍司がナユタに問いかける。
「この部屋に…」
ナユタが指差す部屋を開き、恐る恐る覗くとそこには確かに頭を銃で撃ち抜かれた
村山の銃殺死体が転がっていた。
「一体誰がこんなことを…」
「監視カメラには学校を出た人間は映っていない…ってことは、犯人がマインドに
扮してこの校内に潜伏している可能性があるってことだ!出てきやがれ臆病者!」
ラトは的確な推理を言ってみせた。彼女の言うとおり、この中に好餌社のスパイが
いる危険性は否めない。しかしどうやって犯人をあぶりだす?
「犯人はもうわかっているさ」
ナユタは鋭い目つきで一人の男を凝視しながら男の名をあげた。
「君だろう、風森君」
辺りはどよめき、ざわつき始めた。しかし当の風森はひょうひょうとした態度のまま、
冷静な声のトーンでナユタの言動を否定する。
「どうして俺が村山なんかを殺さにゃならんのだ。それでは証拠が少なすぎるぞナユタ」
「証拠ならあるさ、ハルから全て聞いた。研究者殺害事件の時、ロドシー・ハルウェンを
撃った男は君だ。撃たれる前に彼女は君を見たと言う」
「待て待て、それはあまりにも単純な考えだ。そこに俺がいたから犯人扱いか?冤罪も
いとこだ」
2人の言い合いは一度途切れ、再び話を切り出したのはハルだった。
「お前さんたち、何を言い争っておる」
驚いた、もう退院したのかよ。
「いんや、病院は抜け出してきたわい」
ただのやんちゃだった
「ハル君、君は言ってたね、病院側から撃ってきた時に見たのは風森君だって」
「ああ、さっき病院のほうでちょいと調べさせてもらったんじゃが、風森が入室したんは
2409号室じゃった」
妙だな、ハルは今井のいた部屋の正面から狙っていた。そうすると、部屋番号はハル
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N