一羽のココロと理不尽なセカイ
「そうね、私も彼女に聞きたいことがあるの。一緒に探しましょう」
俺と愛井香は、このパラレルワールドの中を彷徨い羽生を探すことになった。
最初に向かったのは学校だった。何かの手掛かりが掴めるような気がしたので、2人の
意見を一致させてからの判断だった。
校舎に入ると、校内は昼だというのにも関わらずおどろどろしい雰囲気に包まれ、暗い
まるで夜間学校にきたような空気だった。これもやはり羽生の仕業なのだろうかと、
半ば疑惑の念を抱きながら自分のクラスへと向かう。
それよりもさっきから妙に違和感が絶えないことが一つばかり俺の脳内で渦巻いている。
「愛井香さん、車いす無しでも歩けるんですね」
そう、愛井香はこの世界で出会ってからここへ来るまでずっと自分の足で歩いていた。
「ううん、これは私が精神体だから歩けるの」
「どういうことです?」
「つまりはね、あなたの体は、ちゃんと本当の世界にあって、この世界における私たちの
存在は、精神体。いわば理想とか思い出とかで構成されたもう一つの自分なの。
本当の私だったらこんな歩けるはずないもの」
それはごもっともだ。
校舎を歩いていると、俺のクラスが見えてきた。教室の中に入ると、依然と重苦しい
空気が漂っていた。
「ここは何か嫌な予感がするわ、いったん教室を出て…」
愛井香の声がそこで止まる。
「どうしたんですか愛井香さん」
「ドアが開かないの」
俺は急いでどうにかドアを開けようと、何度も蹴ってみたがどうも開く様子は無い。
「羽生!出てこい、お前の仕業だろう?」
あたりはしんと静まり返る。
「平岡君、見て!」
愛井香の呼びかけに耳を傾け後ろを振り返ると、そこにはいつか見た野獣がこちらを
睨みながら構えていた。そう、“夢”がそこにいたのだ。
銃を手に取り銃口を敵に向ける。
「待って平岡君!これはきっと彼女の…羽生ちゃんの夢よ」
「待つって、撃たなければ殺されます!」
「彼女をこれ以上苦しませないで!」
俺はぐっと右手に入る力を押し殺しながら、襲いかかってくる猛獣の攻撃を素早く
かわした。
すると敵が勢い余ってドアを壊してくれたおかげで、俺たちは教室から逃げ出す
ことが出来たのだった。
「ったく何だってこんな時に…!」
走り続けるも奴らは俺たちを追いかけ続ける。
するといつしか夢は夢を呼び、いたるところから猛獣たちの群れが牙をむいていたの
だった。
「こんなに…羽生ちゃん、もしかしてこいつらに支配されて…」
聞いたことがある、夢や希望を持ちすぎると、それは膨大なストレスになって夢が
本人の体を侵食する話。もしそうだとしたらなおさら俺はこいつらを駆除しないと、
羽生の心が壊れてしまう。
俺は足を止めて再び拳銃を獣に向ける。
「なっ、だめ平岡君!」
「愛井香さん!やつらを消さないと、羽生は夢に押しつぶされてしまいます!それでも
良いんですか?」
引き金に指をかける。が、次の瞬間、どこからともなく一本のナイフが一匹の脳天
を貫通した。
「え?」
返り血を浴びた俺の視線の先には、2人の男女が緩んだ態度で窓際に腰掛けていた。
「異世界空間にて多数の夢出現、及び2名の男女を確認」
「さあさあ、早く殺っちゃおうよ」
黒髪の男は、数本のナイフを手に次々と敵を切りきざんでいく。それに代わって金髪の
女は銀色のカギ爪を使い、両手を振り回して敵をなぎ倒す。
2人の男女を見た愛井香は、呆然とした表情で小さく呟いた。
「荒沼海夜…」
「知ってるんですか、愛井香さん」
「ええ、あの男、次期のTMメンバーよ。ハルのポジションにつくはずだけど」
「ハル…」
思い返す俺をよそ目に、海夜と呼ばれた男は全ての夢を排除し、こちらへと歩いてきた。
「君たち、平岡君と白沢さんかな。救助命令が出ている、この世界を出よう」
「荒沼さん…ですか、ハルの事は聞いていますか」
俺は変な衝動に駆られて、妙な言葉を口走ってしまった。俺は何を言っているんだ。
「ハル…ロドシーハルウェンのことかな。ああ、知っている、俺もそれを聞いたときは
ショックだった。だがいつまでも下を向いていられない。彼女の代わりに俺がTMに
所属することになった」
「そうだったんですね、じゃあこれからもTM同士、よろしく」
互いに握手をすると、カギ爪を持った女性は駄々をこねるような仕草で。
「私を忘れてますけどー!?」
「ああ、こいつは矢島花奏、俺のパートナーだ」
それだけかと言わんばかりの花奏の表情は、哀そのものだった。
それから校内をしばらく歩き、校長室の前にたどり着いた。4人でここで一度休息
をとり考えようと、部屋に入る。すると。
「おい…何だよ、これ」
「きゃあ!」
俺と愛井香は思わず声をあげた。なぜならそこには、羽生の体が無数の赤い血管のような物で天井からぶら下げられていたからだ。
「どーゆーこと?羽生衣飛笑は意識体だけの存在じゃないってこと?」
花奏はひょうひょうとした態度で冷静に分析する。
「でもこの羽生ちゃん、全然動かない。まさか死体…?」
「死体なら皮膚が白化するはずだがこいつは、まるで俺たちが来るまで生きていた
ような血色の良さだ」
すると校長室のドアが閉じ、部屋の中は異様な空気に包まれた。
「羽生ちゃん!いるの?私よ愛井香よ!お願いだから出てきて」
愛井香の思いが伝わったのか、うっすらとぼやつく羽生の霊体が、吊るされた羽生の
横へ降りてきた。
「あい…か…?」
「羽生ちゃん意識が!」
「皆…?私どうしてこんな…」
「羽生ちゃん、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」
愛井香は改まったように表情が真剣そのものになる。
「ごめんなさい。私、あの時羽生ちゃんを助けてあげられなかった」
羽生は心なしか驚いているようにも見えた。
「もう、大丈夫だから、顔あげて愛井香」
まるでこの羽生は、俺たちの味方のような態度をとる。どういうことだ?
「このパラレルワールドを作り出しているのは私の悪の心。あなたたちをここへ連れてき
たのも、きっと悪の心がそうさせた」
「羽生が2人いるってわけか」
「2人とは断言出来ない。異世界を除いたこの世界や精神世界での私の精神分裂体は、
きっと数えられない程いる。こうなったのも、きっと好餌社のせい。レコードボール
を悪用して、世界に無数の不の感情をばらまいた。そしてその不の感情を消すことの
できる人物、それが東馬、あなたよ」
うすうすは気づいていた。レコードボールを手にし、使える唯一の人間が俺だ。当然、
こうした役目の矛先は俺に向いてくるだろう。今更この役目を断る理由はない。俺は
誓ったんだ。二度と俺みたいな過去を持つ人を増やしたくない。だから戦う。
霊体化した羽生は、吊るされた元の体の中へと入っていった。
すると、ずっと動かなかったほうの体が、息を吹き返したかのように赤い管を引きち
ぎり、現実体として4人の目の前に現れたのだった。
「この体で動ける範囲は精神世界と現実世界。東馬が頑張るなら、私も頑張る」
端的な台詞だったが、その時の羽生の表情は、決意と希望にあふれていた。
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N