一羽のココロと理不尽なセカイ
一発で俺が今悩んでいるということを感づいた彼女に少し驚いた。
「大変だったわね、話はラトちゃんから聞いてるわ」
「ラト?」
意外な人物だった。まさか俺に気を使って・・・・るわけないか。
「実は、RBの使い方を教えてもらおうと思って」
「良いよ、教えてあげる。宝玉を強く握って、ただ念じるだけよ」
「念じるって、何を?」
「感情よ。そうすれば念じた相手の感情を自分が念じた感情に変化させることができるわ」
聞けば聞くほど恐ろしい物だとわかり、俺は愛井香の話に歯止めをかけるかのように
言葉を漏らした。
「これがあれば、ジャックだって・・・」
ハッとして、俺は我にかえる。
「ジャックね・・・今は彼のことは忘れなさい。またいつか、話す時が来るだろうから」
愛井香はそう言った後、再びデスクに向き合った。
俺は何をしているんだろう。ジャックの裏切りがわかって、そして俺は、何をしたい
んだ?自分でもわからないなんてバカバカしい。
気持ちの整理がつかない。俺は一度現実へと戻ることにした。
4
ゲートキーパであるナユタが色々と管理をしてくれているので、時間軸による誤差が
生じなくなって安心する。
現実に戻った俺は、昼休みの終わりを知らせるチャイムを耳にして少しホッとした。
その後の午後の授業を終え、俺は家路についた。
家に入ると既に花蓮が帰っていた。なんでも気分が悪くなって早退したらしい。
初めて聞いたときは少し心配になったが、いつもと変わらない花蓮の様子にすぐに
不安は解けた。
「兄ちゃん、それ何?」
俺の右ポケットからはみ出したRBを見つけた花蓮が問い詰める。
「ああ、これはこの前言ってたほら、精神世界の・・・・」
「あーその話はもう飽きた。もっと良い笑い話はないの?」
最初から信じてくれるなんて思ってなかったさ、悪かったな面白くなくて。
溜息をつきながら俺は自分の部屋に向った。
「兄ちゃん逃げるのかっ!?」
小うるさい妹を放置してな。
火曜日の朝、目が覚めると目の前には何故か御坂がいた。
「御坂っ!?何で・・・むぐっ」
とっさに口を押さえられた。意味がわからない。
「しっ!とりあえず話しを聞いて。実はこの世界に、好餌社の暗殺者が送り込まれた
みたいなの。目的はVipの暗殺。つまり私たちの総司令官の暗殺よ」
「ちょっと待て、どうしてその総司令官とやらが現実にいるんだ」
「あの人本当は現実から来た人間みたいなの、平岡君と同じね」
そうか、じゃあ早く助けてあげないとな、その前に聞きたいことが一つある。
「どうやって俺の家に入った」
「ごめん、窓の鍵閉まってたからガラス切って来ちゃった」
窓を見てみると、丸く人一人入れる大きさの穴がぽっかりと開いて、外の風が勢い良く
部屋に入り吹いていた。
「鬼かっ!」
とっさに出た一言だった。
御坂に連れられ外へ出ると、変装を施したラトとナユタの姿がそこにあった。
「一体どうしてそんな格好を・・・」
「今回の任務は要人の護衛だからな、一般人に扮して行動しないとばれたら終わりだ。
そんなこともわからないなんて、東馬はバァカだな、バァァカ」
ナユタは笑顔のままラトにゲンコツを振るった。
「そういうわけで、平岡君も顔を隠せるような格好をしてくれるかな。これからやる
任務はとても繊細で複雑だ、君も気をつけてね」
おおまかな任務内容は御坂から聞いた。
聞くところによると、要人であるターゲットを現実世界に入り込んだ好餌社の
暗殺者から守るというものだった。言うのは簡単だ。しかしよく考えてみると
非常にリスクの高い任務という事がわかる。
実際、要人は俺たちが護衛にまわっていることを知っているが、作戦内容などは
一切聞いていないそうだ。盗聴の危険性があるためだのどうだので話しは切上げられた
らしい。要人、坂本健一氏の宅はここから約20キロ先にある一般の家らしく、職業
である国会議員としてはいささか貧相な暮らしをしいているようにも思えた。
「平岡君は犯人がわかり次第、その人の肉声をこのボイスレコーダーで録音してくれる?」
「ボイスレコーダー?一体どういう?」
「色々と証拠になるからね」
「?」
首を傾げる俺を見ながらナユタはふふっと面白そうに笑みをこぼした。
俺は指示通りラトと共に要人の家の前まで来た。今のところ不審な人影は見当たらない。
というよりも人がほとんど通らないような道なので、来ればすぐわかるようなもの
だった。
「東馬、お前はあたしの後ろについてろよ。邪魔だってば」
「邪魔って言うな、俺だってお前が邪魔で仕方ない」
自分でも今喧嘩するタイミングではないとはわかっているが、どうしても俺はラトと
うまくやっていけない。
すると左手の携帯のバイブレーションが震えた。
「もしもし平岡君?今不審な男を見つけたわ、でも逃がしちゃった。もしかしたらそっち
に向って行ったかもしれない、気をつけて」
まさか御坂とナユタの班が取り逃がすとは、想像できなかった。
「今の御坂?何だって?」
「お前には教えねー、あ、もう8時か、学校始まってんじゃん」
「何ぃ!これはチームの仕事だぞ、教えろボケェ!」
散々言いたい放題されたが、男を取り押さえるぐらい俺だけでも出来る。
すると一人の男がこちらへと走って来た。
「おい!あれじゃないか?」
ラトが指を指す前に俺の足は既に男のほうへと向っていた。
「お前が犯人か!観念しろ!」
俺はとっさに男の襟を右手で掴み、地面に叩きつけた。
「なっ何ですか!いきなり何するんですか」
顔を見るが、どうも普通のリアクションだ。もしかして本当に人違いか?
「東馬何してるんだよ!そいつは一般人だ」
ラトがそう言った直後だった。要人宅から轟くような爆発音が響いたのだった。
「まさか・・・」
再び携帯が震える。
「平岡君どうしたの?今の音は・・・」
ああ、どうやら失敗したようだ。それから坂本健一氏の家の中へと入ってみたが、
どこを捜しても要人の姿が無い。そう、きっと彼はさらわれたんだ。俺がヘマして
いるうちに犯人は要人を連れ去った。これは大事件だ。
俺達の総司令官である坂本氏が好餌社に捕まれば、俺達マインドの司令等が無くなる
わけで、戦いの戦略云々以前の問題になる。要は、戦えなくなるわけだ。
「バカ!逃げられたじゃないか!東馬のせいだぞ!お前がミスらなけりゃ」
「うるせぇ!だったらお前が行けよ!俺に任せっぱなしにすんな!」
「東馬が電話の内容を教えてくれなかったからだろ!ふざけんな!」
そう言われると俺は何も言えなくなるわけで・・・。
龍司から連絡が入り、臨時のマインド本部をここ現実世界に創設するらしいので、
不甲斐ない気分のまま、俺とラトは指定された場所へ向った。
「で、そうこうしてるうちに逃げられたと・・・」
「はい、すいません」
「馬鹿野郎!一気に危険な状態になったじゃねぇか!司令等が無くなったら俺達はどう
すんだ!ああ?」
いつになく激怒する龍司の前で小さくなっているしかなかった。
作品名:一羽のココロと理不尽なセカイ 作家名:みらい.N