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ユメノウツツ

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リニアが加速しながら本線に車線変更するころに、我夢は同じ車両にるみなと同じ制服を着た見知らぬ女の子が吊革につかまっているのを見つけた。
見たところなかなかの美少女のようだ。制服の黄色いリボンの色で我夢たちと同じ高等部一年ということがわかる。中等部からエスカレーター式に高等部に上がった我夢とるみなが知らない顔ということは、この春から入学した外部生らしい。彼女もほぼ同時に我夢たちを見つけたようで微笑んで我夢たちに会釈をした。我夢もそれに答えて会釈を返した。その様子がるみなには不満だったのか、小声で我夢の耳に向かって、
「なーに鼻の下のばしてんのよ。」
 とつぶやいたかと思うと思いきり我夢の手の甲をつねった。
「いてててててて」
「ふん。」
「何で…?」何で自分がこんな目に会わなきゃならないのか我夢には理不尽に思えたのだった。
その様子がおかしかったのかその女子は上品にほほ笑んだ。
リニアは吉祥寺駅に滑り込んだ。列車は歩くほどのスピードで動く上りホームと同調して動いている。我夢もるみなも文句を言いながらマスクをかぶり、リニアを降りた。振り返ると乗ってきたリニアの上に「荻窪」と立体表示が映し出されていた。改札で立体映像表示をのぞき見した我夢は、
「青梅街道か。」とつぶやいた。先ほどの美少女の改札立体映像に「通学定期・西武多摩湖線青梅街道・国分寺乗換・JR吉祥寺」と表示されていたのを盗み見たのだ。るみながこれに気付かないはずはなく、こんどは首の後ろをつねられた我夢だった。
「この、暴力娘が!」
「なによこの変態!ストーカー!」
「何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ。お前は俺の彼女か?」
「な、なに突然、変なこと言わないでよ!」
 なぜか真っ赤になったるみなは、もじもじと両手の人差し指をからめあいながらふくれっ面になった。
「あはははは、かわいいなお前。」
「あ!我夢!お前ってやつはー!」


 吉祥寺駅は国分寺駅と同じく歴史のある駅だ。駅前の繁華街は往時の賑わいを失ってしまったが、それでも「おしゃれ」な店と横町の間口一間の飲み屋は健在だった。
 吉祥学園は駅から徒歩5分、私立の中高一貫校で、子供人口の減少に伴い学校自体の数が減少したこの時代においても人気があった。朝夕は吉祥寺駅から学校まで学生の行列ができる。
我夢は校門近くで同じ美術部に属する親友、竹島頼舵を発見した。
「よう、バイクメンおはよう。」
「我夢、バイクメンはやめろ。しかもなんで複数形なんだ?」
頼舵は「ライダ」と読むためにバイクメンというあだ名を無理やり我夢につけられてしまったのだ。調子に乗ったるみなまで、
「バイクメンおはよー!」と話しかける。この三人はみな美術部だ。
「諫宮おはよう。その呼び名はやめろ。」
「なあバイクメン、例の数学の課題やってきた?」
「もちろんだ。その呼び名はやめろ。で、いつものことながらだいたい想像はつくが。」
「それだ!」
「何がそれだよ。我夢、自分でやらないとテストの時に痛い目を見るぞ。」
「それはそれ。これはこれ。そういうわけであとで写させて。」
 我夢は片手で頼舵を拝むと満面の笑みを作った。頼舵は渋々といった表情だ。
 その様子を見ていたるみなは、
「仕方ないよね。バイクメン成績いいし。我夢はぼんくらだけど。」
「その呼び名はやめろ。」
「諫宮、それは聞き捨てならない。」
「だから下の名前で呼べといつも言ってるでしょうがッ!」
彼らの朝はいつも騒々しい。

放課後。吉祥学園の美術室は北棟4階の西の端にある。美術部員が三々五々集まってくる。みんな思い思いにイーゼルを立てたりデジタルキャンバスをいじったりしていた。部活は中等部とも合同なので、結構な人数がいる。この春から部長を務める高等部二年の霧島獅子が全員に向かって手を挙げながら、
「全員注目!」と声を上げた。
「今日は新入部員が来てます。高等部一年の森村さん。部長の霧島です。」
そう言われて軽く会釈したのは今朝中央線で出会った美少女ではないか。我夢は目を丸くして驚いた。ひゅうと口笛を吹きたい心境だった。驚いたのは我夢だけではなくもちろんるみなもだ。こちらは複雑な表情で我夢と森村と言われた見学者を交互にじろじろ見た。
「部員には前も言ったけど、今年はビシビシと!やるつもりは全くないから今日は安心してまずは見学してってください。元々うちら美術部は運動部と違って上下関係がはっきりしてないのが社風なもんで」
「なんだよ社風って。会社かよ。」茶々を入れる部員がいる。
「んー、副社長の椎名です。ふふー。」
美術部一まったりしている椎名かちゆのあだ名はおかーさんだ。
「おかーさんまでボケ倒しか。」
「森村さーん、自己紹介お願いネー。」かちゆが促した。
「高等部一年の新入部員森村みらんです。えーと、彫刻のネコが好きです、あはははは。」「わははははは、何がおかしい?」部長の獅子が自分で笑っておきながらツッコミを入れる。
「えと、よろしく~。」ぱちぱちぱちとまばらに拍手が沸いた。
━いいかもしんない!
 我夢はふんっと鼻息を鳴らすとわくわくした表情でみらんを見つめた。
━か、かわいい!
 バイクメン頼舵もまたみらんを見つめている。
━おもしろくない!
 るみなは頼舵を横目でにらみつけながらデジタルキャンバスの電源を入れた。
 デジタルキャンバスはこの時代一般的な画材で、A全B全からA5B5まで各サイズあり、要は超高精細液晶画面と超鋭敏なタッチパネルが一緒になったようなもので、指で触れば指紋が付き、筆でなでれば絵が描ける。それを動かすソフトはメーカーによって数種類あって、21世紀初頭の画像処理描画ソフト、フォトショップやペインターの超高性能版のようなもので、RGBモードでもCMYKモードでも64ビットフルカラー、発色は繊細で、鉛筆、パステルから油絵まで実際の画材をシミュレートできる。この技術は21世紀初頭にはほぼ確立していた技術なので低価格化と軽量化が進み、この時代、我夢のような高校生でも手の出る金額で大画面のデジタルキャンバスを手に入れることができた。
 竹島頼舵は窓際に座り、アグリッパの鉛筆(モード)デッサンをしていた。中学時代から頼舵はデッサンが得意で、将来美大合格も夢じゃないと言われ美術部でも一目置かれていた。
「あの、すごく上手ですね。」1人づつ作品を見ていた森村みらんが頼舵の作品を見て感嘆の声を上げた。頼舵はまんざらでもない様子でにまにましながら鉛筆の手を休めずに、
「これはいまいちの出来。」
 隣にいた我夢は横目で頼舵とみらんを見ながら、
「でもこいつ抽象画は下手だから。」とくちばしをはさんだ。
「我夢、ほっといてくれ!お前だって星の絵しか描かないじゃないか。」
「星の絵?」みらんは興味をそそられたみたいで我夢のキャンバスを見てみた。そこには油絵モードで色鮮やかな未知の惑星が描かれている。
「これは何の星ですか?」
「想像上の星。こんな惑星は実際には無いかもしれないけどね。その時の気分で色を変える。」
「現実逃避ってやつだよ。」頼舵が横から茶々を入れる。
「あのなあ!」
作品名:ユメノウツツ 作家名:中田しん