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ユメノウツツ

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6 それから


戦争が終わって、日本全国祝賀ムードだった。各地でお祭りが行われたりして国民は平和を満喫した。あとは順調にデジタルコンバートが進めば日本は世界初の完全デジタル国家になる。
リアル国分寺市の諫宮家はデジタルコンバートの順番待ちで、でも戦争は終わったし慌てることも無いしで、のんびりとした日々を過ごしていた。
そんな諫宮家に突然山口我夢が訪れた。といっても我夢はデジタル人間なので、双方向テレビに現れた。
「あら我夢くん久しぶり、どう?デジタルの心地は。」
「お母さんご無沙汰してます。まあ普通です。るみなさんいらっしゃいます?」
「はいはい、るみなー、我夢くんよー。」
るみなは突然の我夢の来訪に驚きながら現れた。
「何、我夢、どうしたの?」
「あのさ、ちょっと頼みがある。」
「何よ。」
「森村の連絡先、教えてもらえる?」
「何であたしに聞くわけ?」
「いや、知ってるかなと思って。」
「知ってるわよ。で、それでどうすんの?」
「いや、慰めようかなと。」
「あんたバカァ?あたしが直接行ってドアフォンごしに話して、全然聞いてくれなかったのに、あんたなんかが話して心を開くと思うわけ?」
「いやでもなんかほら」
「なにへらへらしてんのよ!教えてあげるわよゴルァ!」
「すまん。」


 それから我夢は森村家に電話をかけてみた。何回鳴らしても出ない。鳴るということは電話はあるんだなと理解した我夢は続けてみらんの携帯にかけてみた。電源が入っていない。コンピュータの電源も入っていないようだ。しかし双方向テレビだけ点いている!
 我夢はテレビ番組に割り込むようにして森村家のテレビにいきなり現れた。
 みらんはあっけにとられた様子だった。
「森村、ひさしぶり。」
「山口君…」
「森村、ひどい格好だぞ。ちゃんと風呂入って着替えてるか?」みらんは髪の毛はぼさぼさ、目の下にくまが出来、顔色も悪かった。
「…いいの。」
「早くデジタルコンバートしてこっちにこいよ。」
「…ほっといて。」
会話はそこまでしか成立しなかった。なぜならみらんがテレビの電源を切ってしまったからだ。
モニタ越しでは想いが伝わらない。我夢にとっては選択肢は無かった。


 再び諫宮家の双方向テレビに現れた我夢は、諫宮家にある介護ロボットを借りることにした。自分の肉体を安楽死処分させてしまったデジタル人間がアナログ世界に出てくるにはロボットの中に入るしかない。この時代介護ロボットは一般家庭にも入り込んで介護のサポートをする便利な機械だった。多機能でついでに家事もこなす。見かけは21世紀初頭の二足歩行ロボットにそっくりで、顔面はフェイスマスクになっていて目鼻は無い。
 るみなの母は、どうせすぐにデジタルコンバートして無用になるからと介護ロボットの貸し出しを快諾したのだが。
「我夢君、どう?ちゃんと動ける?」
「すぐ慣れると思います。」我夢は合成音声機能を利用して答えた。さすがに声はもともとの声そっくりというわけにはいかない。本当は可動関節が少ないせいで少々窮屈な感じもしたのだが無理を言って借りる手前文句は言えない。
「ICタグの設定は大丈夫?」
「自分のアカウントをコピーしました。多分大丈夫でしょう。」
 るみなはさっきから無口で我夢の入ったロボットを眺めている。
「諫宮。」
「るみなって言え。」
「…るみな。ごめん。森村みらんの家の場所、教えてくれ。」
「…みらんちゃんが可哀想だから教えてやるわよゴルァ。」
「すまん。」
 森村家のマンションの場所を聞いた我夢は早速出かけることにした。
「お母さん、お世話になりました。」
「我夢君がんばってね。」
「るみな。」
「バカ!あんたなんか、あんたなんか大っきらい!」言うなりるみなは奥に引っ込んでしまった。
「るみな!我夢君、うちの子、バカ娘でごめんね。」
「いえ。悪いのは俺の方ですから。」


ひさしぶりにアナログ世界に出てきた我夢は動きづらいロボットの体で国分寺駅北口を目指して歩き始めた。自分が住んでいたマンションが空き家になっている。人通りも少なく閑散とした雰囲気の国分寺駅は電車の本数も間引きされているようだった。
西武線の改札に右手をかざし、ICタグから初乗り料金を支払ったシグナルを受け取り、多摩湖線のホームに向かう。人の少ないホームで30分待たされてロボットが運転する電車がホームに滑り込んでくる。
ここまで歩いてくるのに使いなれないロボットの体で気疲れた我夢は電車の椅子に座った。ロボットとして疲労しているわけではなかったが、人間としては座る行為はちょっと一息といった精神的休息の時間だ。
「ロボットのくせに座るんじゃねえ!」
 突然若者が我夢ロボットに罵声を浴びせた。
「何だとコノヤロウ!俺は人間だ!」
 即座に言い返した我夢に、若者はびっくりした様子でたじろいだ。
「ふん。」
 我夢ロボットは腕を組もうとして失敗した。そんな機能は無い。不便な体だ。
 やがて電車は折り返して運転を始めた。
 車窓から眺める国分寺と小平の街はどことなくグレーがかった人の息吹が感じられない町並みで、すでに7割近くの人々がデジタルコンバートして去ってしまったことを如実に表していた。
 二つ目の青梅街道駅で電車から降りた我夢は、るみなに教えてもらった通りの場所に森村家のマンションがあるのを発見した。裏手のエコス小平店跡の爆心地はまだクレーターのままで、爆発のすさまじさを物語っていた。
 我夢はちょっとためらってから森村と書かれたドアフォンのボタンを押した。応答がない。ここで引き返しては何のためにここまで来たのか分からない。何度も押した。
「…はい。」蚊の鳴くような声で返事があった。
「俺だ。我夢だ。森村、開けてくれ…。」
「?」
 中から外を見たカメラにはただの介護ロボットが映っている上に声は合成音声で我夢のもともとの声とは違うので、みらんは戸惑っているようだ。
「ロボットだけど中身のデータは山口我夢だ。俺は人間だ。」
「山口君?」
「吉祥学園美術部の山口我夢だ。この介護ロボットは諫宮から借りた。開けてくれ。」
 かしゃん、と音がしてドアのロックが外れた。


 森村家の居間はミサイル爆発の震動で家財道具がちらかったままだった。みらんには片づける気力も無いのだろう。みらんが彫ったと思われる猫の置物を我夢は拾い上げた。
「お父さんとお母さんのお葬式はしたの?」
首を横に振るみらん。指差した先には二つの骨壷。
「お葬式、しなくちゃ。親戚は?」
「いるけどみんな九州だから、連絡取れない。」
「そうか。」
我夢ロボットは骨壷に向かって不器用に手を合わせた。
これから先、どうするか。
デジタルコンバートを急ぐ必要は無いだろうと我夢は判断した。
介護ロボットと少女の奇妙な同棲生活が始まった。
無口なみらんに付き添い、我夢は介護ロボットの機能を生かしてみらんの身の回りの世話をしてやった。三度の食事を作り、掃除をし、洗濯をした。
みらんはもくもくと我夢の作った食事を食べた。
「うまい?」
「…味がしない。」
人口が減ってアナログ日本は社会が機能不全を起こしていた。社会のインフラや流通も滞り始めていた。
作品名:ユメノウツツ 作家名:中田しん