小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ユメノウツツ

INDEX|14ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

4 戦い


北海道は千歳に展開する航空自衛隊第2航空団第201飛行隊で、マスリーダー(ML)と呼ばれる多数機編隊長の資格を持つ原口健次郎三佐は、演習で一度だけF35ライトニングⅡを撃墜した経験が自慢のイーグルドライバーだった。
2035年早春。千歳基地から愛車のレガシィで帰宅途中、睡眠不足のドライバーが運転する大型トラックが雪の残るブラインドコーナーで対向車線にはみ出してきたのに巻き込まれ頸椎を骨折する瀕死の重傷を負った。そして生死の境を彷徨い、意識回復の見込みは無いと判断され、植物人間状態で担ぎ込まれた防衛省技術研究本部先進科学研究所で当時まだ実験段階のデジタルコンバート処理がなされた。
一人のイーグルドライバーを育てるには億単位の税金がかかる。MLの資格を持つベテランならなおさらだ。国家がその頭脳を放っておくはずは無かった。
コンピュータ内に展開された原口の意識に命令が下った。
「原口健次郎三等空佐は、そのパイロットとしての知識と経験を圧縮データとして保存、有事に際してはそのデータを再展開し、将来の自衛隊の作戦行動に資するものとする。」
こうして原口健次郎三佐はデジタル人間として有事に備えて長い眠りについたのだった。


 原口健次郎は、闇の中で目覚めた。
 意識がだんだんはっきりしてくると、あることに思い立った。
「私の意識があるということは、日本は随分切迫しているという理解でいいのかな?」
 原口は闇に向かって話しかけた。
 すると、闇の中から亡霊のようにすうっと人の形が現れた。それはほどなくして原口の見慣れた航空自衛隊の制服姿になった。しかし、よく見ると制服のデザインが微妙に違うような気がする。そしてまるでスポットライトが当たっているかのように、その人物の周りだけが明るくなった。それからその人物は漸く話すことを許されたかのように静かにしかもよどみなく喋りだした。
「自分は原口三佐の覚醒と状況認識、そして機種転換訓練のためのお世話係をさせていただきます、レベル3のAI、鈴木といいます。私は人工知能なので階級はありません。」
原口は鈴木と名乗った自衛官姿の男を正面から見つめた。この男は今何と言った? 人工知能ということは人間ではないのか? 原口はもう何が起こっても驚かない覚悟だった。
「それはどうも、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
 鈴木は感情のこもった声で答え、続けた。
「原口三佐の考察の通り、日本は現在、国家として安全保障上危機的状況にあります。東アジア連邦軍は南西諸島を占拠し、九州に侵攻するのも時間の問題です。」
 空間に立っている鈴木の横にパネルが浮かび、日本の南半分の地図が表示されると、大陸側から赤い矢印が何本も九州に伸びてきた。
「日本は政治的配慮から今まで武力行使は避けてきました。しかし政府は本土への侵攻は実力で阻止する方針です。」
「何で沖縄が取られるのを黙って見ていたんだ?」
「戦力の温存と民間人居住地での武力衝突を避けるための政治的配慮です。沖縄の部隊は可能な限り本土に撤収しました。」
「米軍だっているだろうに。」
「米軍はすでにトランスフォーメーションで沖縄から撤退しています。」
「日米安全保障条約はまだ有効なのか?」
「日米安保はやや形を変えて存続しています。日本本土には米軍基地もあります。自衛隊の本土での作戦には呼応するはずですが、米陸軍、空軍と海兵隊はほぼすべて米本土に撤収し、現在アメリカ全土で非対称戦闘中です。日本に残った戦力は米第七艦隊のみです。」
「そういう事情か…。済んだことは仕方がないとはいえ、日本政府はどうしてこんなに弱腰なんだ?」
「それは今に始まったことではありません。」
「ところで鈴木君、今は何年だ?」
「西暦2092年です。」
「そうか…。家内も親も生きてはいまい。私には子供がいなかったから、自分の子孫にも会えないな。」
「心中お察しします。」
「人工知能らしくない言葉だな。」
原口はふふと鼻で笑った。
「そうだ。君とまだ握手をしていなかった。」
「残念ながらそれは叶いません。原口三佐は現在人体のインターフェースを持っていないからです。その証拠にご自分の手足を見ることが出来ないはずです。」
 原口は一瞬戸惑った。自分自身の手を見てみるには勇気が必要だった。意を決して手を動かしてみようとすると、感覚はある。しかし鈴木の言う通りそこにあるはずの自分の手は無かった。
「これは…。」
「三佐は現在、人間の意識体データとして防衛省の量子コンピュータの中にいるのです。」
「そうか。そういうことだったな。」
 原口は苦笑した。いや、苦笑したつもりになった。そして自らの立場を悟った。これでは幽霊のようなものだ。
「必要であればバーチャルの人体を用意することもできますが、現状その必要も時間も無いと思われます。三佐にはこれからパイロットとして機体と同化して飛んでいただかなくてはなりません。イメージとしては機体に神経を伸ばし、自分の体を動かす感覚で機体をコントロールしていただくことになります。」
「そうか。つまり私が搭乗する機体はそういう機体なわけだ。」
「はい。現代の主力戦闘機は生身の人間では高機動に人体が耐えられません。」
「そのパイロットはみんな生身の人間ではないデータ人間なわけだ。」
「その通りです。一時期無人戦闘機が主流になったのですが、プログラムされた飛行データよりも訓練を受けた人間の発想のランダムさを生かした方が戦闘には有利であるとの結論に達しました。しかしそれが分かった時には戦闘機パイロットを経験した人間は貴重な存在になっていたのです。原口三佐は今回のパイロットの中で最も古株です。」
「元イーグルドライバーとしての私の経験が生きれば良いのだが。見せてもらおうか。その機体を。」
 鈴木の左側にその機体のCGが浮かび上がり、ゆっくり回転を始めた。
 まるでロボットの下半身のような構造の胴体の腰にあたる部分から、後退翼が途中から前進翼になる、鶏の手羽先のような形の主翼が生えている。水平尾翼も垂直尾翼も無い。もちろん全体は空力的に洗練されたなめらかな形をしている。
「三菱F5戦闘機です。2075年に正式採用されました。米空軍のF82戦闘機をベースに日本仕様に再設計されたものです。」
「F2と同じような事情だな。しかし、これはナットクラッカー方式というか、胴体が途中から折れるのか?」
「はい、その通りです。過去考案された屈曲胴方式のVTOLをさらに発展させたものです。双発の各エンジンブロックは高機動中に縦にそれぞれ独自に360度回転することができます。ノズルも三次元可変です。」
 原口はその戦闘機の設計者の発想の突飛さに驚いた。こんな構造を実現するにはとんでもない強度の構造材が必要なはずだ。
「機体は75Gまで耐えられます。」
 もちろん生身の人体が耐えられる重力加速度ではない。
作品名:ユメノウツツ 作家名:中田しん