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ユメノウツツ

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3 犠牲


東アジア連邦は精密機器の輸入品に最大400%の関税をかけると発表した。東アジア連邦の精密機器輸入は半分以上が日本からのものだったので、日本を狙い撃ちにした措置と思われた。
一方で東アジア連邦は軍に招集をかけ、臨戦態勢を取りつつあった。この動きが日本に対する懲罰発言と関係するのかは不確定だったが、日本の株価は下がり、円は下落した。
東アジア連邦各地では反日デモや、日本製品不買運動、在留邦人が焼き討ちなどの被害に遭い、家族などを日本へ帰国させる動きが加速していた。
一方の日本では、一部では「東アジア連邦けしからん」という論調だったが、概ね東アジア連邦の動きを恐れているような世論だった。80年前の2010年、尖閣諸島をめぐって日中が対立した時はまだ国力が拮抗していたが、今では日本の国力は比べるまでもなかった。日本は尖閣諸島を2020年代に手放している。
アメリカやEU等が東アジア連邦に自制を求めていたが、全く効果は無かった。


「美術部の諸君。なんだ、美術室、森村しかいないの?」放課後の吉祥学園美術室の黒板モニタに現れた我夢は、美術室に森村みらんしかいないのを不審に思った。
「なんか、みんないなくなっちゃった…。」みらんのの方は気が付いたら自分しかいなかったことになんの疑問も持たなかった。
「あ、そう…。」
「あ、あのさ、木星行ってきたの?」
「うん。行ってきた。大赤班すごい迫力だった。土星も行った。」
「土星の輪とか?」
「あれは不思議なものだったよ。スポークとかあってさ、何と言うか、うん、言葉では言えないというか。」
「想像できないなあ。」
「写真撮ってきた。データ送るよ。」
ドアの廊下側にかちゆが隠れていた。「切ないネー。」


東アジア連邦は、日本に最後通告と称して日本が到底のめない要求を出してきた。具体的には日本の連邦編入と連邦国内法の施行、日本国憲法の停止、日本国民の一定額以上の財産の没収、円から元への移行、自衛隊、警察の解散と連邦軍の進駐、皇室の引き渡しと連邦法廷にて平和に対する罪での裁判など。日本政府は、これは内政干渉であるとして拒否した。
これを受けて陸海空自衛隊は臨戦態勢に入った。だが内閣の防衛出動命令は、東アジア連邦を刺激するとして先送りされた。


「臨時ニュースをお送りします。 EAN、イーストアジアネットワーク外電によると、東アジア連邦軍は寧波基地などから大艦隊が出撃、日本の南西諸島に向かう模様です。東アジア連邦政府は声明を発表しました。それによりますと、日本列島と南西諸島すなわち第一列島線はアジア大陸の大陸棚に属しており、琉球や日本は朝鮮と同じく古来より東アジアつまり中国の属国であった。日本が独立するというこの200年の間違った歴史に終止符を打つべく、また日本の覇権主義、軍国主義への懲罰として、また日本による中国侵略、朝鮮併合などへの懲罰として、東アジア連邦が目指す平和主義の観点から正義の鉄槌を日本に下す、とのことです。」


西暦2092年夏に勃発した東アジア連邦による日本への軍事的侵攻が、のちに日本戦争と呼ばれることになった戦争のはじまりだった。
 背景には、米国の経済的凋落と米国内での非対称戦闘により、在日米軍の実戦部隊が本国へトランスフォーメーションしたことによって生じた安全保障上の戦力の空白と、先行したデジタルコンバートによる日本のアナログ国力の減少が見込まれたことから、東アジア連邦の日本への領土的野心を惹起したのだった。


 連邦軍は戦闘機の大編隊を南西諸島に向かわせた。一方の自衛隊はもともと東アジア連邦を刺激するとして沖縄をはじめとする南西諸島への積極的軍備を禁じられ、実戦部隊を本土へ引き上げていた。この結果、南西諸島の制空権は戦わずして連邦軍のものとなった。


ニンゲンの人生というものは、例えてみれば箱庭のようなものなのかもしれない、と竹島頼舵は思考した。思考というのはとどのつまり脳内でのデジタルな化学変化であって、だから当たり前ながら頼舵は思考することもできるし自我も意識もある。
 人間として普通の高校生をしている頼舵が何を今更そんなことを考えたというのも、頼舵にとっての友人、親友と言ってもいい山口我夢が生身の人間でないデジタルな存在になってしまったからで、しかしなぜかむしろ頼舵にとっては我夢の存在を近く感じることができたのだった。


 そんな頼舵だったが、恋にも無縁ではなかった。
 頼舵にとっては親友の我夢がまたみらんのことを気にしていることは感じ取れた。そのある意味恋敵の我夢がデジタル人間になってしまい、直接触れ合うことができなくなってしまったことへの負い目というものもあるのだが、それより切迫した事情が頼舵にはあった。
 頼舵がみらんへ話しかけたのは放課後部活が終わってから、みんな三々五々散っていく瞬間を見計らって二人きりになった路上だった。
「森村さん、俺と付き合わない?」
「…えーと、ごめん。今は考えられない。」みらんはウインクしながら両手で頼舵を拝んだ。
「そう。」
「気を悪くしないでね。あたし、そういうの今はちょっと。」
「いや、いいんだ。」頼舵はむしろふっきれたような表情で、短い恋の終わりを自らに納得させようとしていた。
「実は俺…。」
「何?」
「いや、何でもない。」
 この時敏感なみらんは何か感じていたかもしれない。


森村家は小平市の西武多摩湖線沿いに建つ平均的なマンションの4階だった。みらんの父親は会社員だが一人っ子とはいえ子供に恵まれたことで、その当時の日本では幸せな家庭であるといえた。それだけ子供は社会にとって貴重な存在だったのだ。
家族が揃った土曜日の午後、みらんと両親はリビングで双方向テレビを見ていた。テレビでは東アジア連邦が遂に日本に対して牙をむいたと特別報道番組のキャスターが悲壮な面持ちで喋っていた。沖縄にいるレポーターが那覇市民の様子をレポートしている。デジタルコンバートして沖縄サーバに入っている沖縄県民はわれ先に九州各県のサーバに避難していた。そうもいかないアナログ人間の沖縄県民は本土へ避難しようとする人、デジタルコンバートしようとする人、事態を諦観している人など様々だった。自衛隊は市街地での戦闘を避けるため、どうやら南西諸島を捨て本土に下がるようで、人や荷物を満載した輸送艦が港を出る様子が写されていた。
「何で21世紀末にもなって侵略戦争なんだ?世界史の教科書か。今は19世紀か?ふざけろよ!」みらんの父親がぶ然として言った。
「お父さん。」
「あなた、戦争になったら食料を買いだめしといたほうがいいでしょうか。」
「そうだな。母さん。今のうちにエコスに行っておこう。」
 エコスは森村家の北側に2000年頃に開店した古いスーパーで、2050年代に建物を建て替え、現在では食料品に加え生活雑貨も揃えるこの地域では大きな部類の商業施設だ。
「みらんは家で待ってなさい。」
「うん。」


 ことここにいたって東アジア連邦という国家はその牙を剥いて日本に襲いかかった。連邦軍は東風61、71及び最新の鉛筆形をしたステルス弾道弾東風81といった戦略弾道弾数百発の飽和攻撃を日本に仕掛けた。
作品名:ユメノウツツ 作家名:中田しん