~双晶麗月~ 【その1】
──フィルの血が、真っ赤な花びらになってしまった。ついさっきまで護ってくれていたフィル。ほんのささいなことでも、護ってくれているという感じが、私を心地よくしてくれていた。街灯に照らされたフィルの花びらは、たくさん流れた血の証──
私は、運よくフェンスのないその家の敷地に入り、静かに花びらを集めた。まるで今まで過ごした日々の数だけあるような、そんな花びらの数。それを一枚一枚広い集める。フィルと過ごした記憶のかけらを一つ一つ集めるような、そんな気持ちだった。
道路のアスファルトに、落ちる涙が浸み込んでゆく。溢れる涙で、花びらが見えない。
手に取った花びらを見つめても、ぼやけて見えない。
私の目からは次々と涙が溢れ、花びらを掴む手は微かに震えた。
【もう、ここにフィルはいないんだ………】
そう思っていると、背後にバサリと翼の音がした。そして泣きながら花びらを集める私に影を作った。私は男にバレないように、流れていた涙を袖で拭った。
男は何も言わず、花びらを集める私をずっと見ていた。
私は必死に涙を堪えた。
しばらくすると、さっきまでの冷たい声色とは違う、静かな声で男は言った。
「……女の涙は僕がもっとも嫌いとするものです。涙は女の武器とか言うそうですが、言語道断ですね」
その言葉に私はカチンときて、その場にしゃがんだまま振り向き男を睨みつけ、カバンを勢いよく投げつけた。男の胸元にカバンが当たり、道路に落ちる。
なぜか男は避けなかった。ヤツなら避けられそうなものを。
私は男の顔をさらに睨みつける。だが、私は少し驚いた。
静かにうつむいたまま何の抵抗もしないその男の顔を見上げると、冷たいブルーだった瞳が淡いグレーになっていたからだ。
「僕の名前はミシェル・ニズ・フォルスト。覚えておいてください」
沈黙の後やっと口を開いたその男は、私の目を見ずそう言って、さっき拾った私の本と、キッチリ畳まれた大判の白いハンカチを私の足元に置いた。
そして男はバサリと音を立て、うつむいたまま空へ飛び立った。
『ミシェル・ニズ・フォルスト…フィルを殺した男……』
私は男が飛び立った方向にある満月をしばらく見上げていた。涙が乾くまで……
作品名:~双晶麗月~ 【その1】 作家名:野琴 海生奈