~双晶麗月~ 【その1】
「ん……?」
なぜか喰われる気配がない。
おかしいと思い恐る恐る目を開けると、目の前の巨大狼は大きな口を開けたまま、飛び掛る直前の態勢で固まっている。私は何が起きているのかわからなかった。
その直後、氷のように冷たく強い風と共に公園内が一瞬暗くなった。汗をかいていた私の額も乾いてゆく。上を見上げると、ダークグリーンの光を帯びた、体の長い大きなものが頭上を通る。そして暑い夏の地面に、雪のような氷の粒が音もなく降り注ぎ溶けてゆく。
[それ]は、黒い翼でバサバサと音を立てながら、公園内に大きく渦を巻く。吹き荒らす強い風で公園の木々が折れそうになっていた。青々と茂った木の葉が飛び回り、公園の端にあった小さなブランコが、外れそうなほどの音を立てた。
私まで吹き飛びそうなくらいの強い風に、私は立っていられなくなりその場にしゃがみこんだ。そして、近くにあったベンチの背もたれにつかまりながら、目を凝らした。
公園いっぱいに渦を巻く[それ]は、四本の足に指が三本、鋭い爪を付けている。黒に近いダークグリーンの大きな鱗が覆う長い体、額から背中、尾まで続く漆黒の毛は波打つように揺れている。その背中には黒い羽根の大きな翼。長い二本のヒゲを付けたその顔は、竜のような、あるいは蛇のような顔だった。体と同じ鱗で覆われたその顔にある、濃いブルーの大きな目がこちらを見ていた。
強い風の渦の中にいる、身動き一つしないその巨大狼は、何か術のようなものをかけられている……?そしてあれは有翼龍?有翼大蛇?
私はその美しく光る風の渦を見ながら、何であるのかを思い出そうとしていた。
【ニズ……】
ささやくような男の声が頭の中に響く。間違いなく先ほどの巨大狼の声の主ではない。
【[ニズ]でいい。そう呼んで】
こちらを見つめる濃いブルーの目が、自らの声であると言っている。
[ニズ]ってまさか……
私はその名前に一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、藁(わら)にでも掴む思いでとっさに叫んでいた。
「……ニズ!」
作品名:~双晶麗月~ 【その1】 作家名:野琴 海生奈