~双晶麗月~ 【その1】
◆第3章 再会は氷降る風の中で◆
兄貴ではない[兄貴]の存在を知った日から数日後の日曜日。夕方とは言えまだ蒸し暑かった。
その時私はひたすら走って逃げるしかできなかった。
コンビニを出てすぐに突然現れたその巨大な気配に、嫌な予感がしたのだ。走っている途中、コンビニで買った缶コーヒーは邪魔になり、すぐに放り投げてしまった。
薄暗い夕空の下、たくさんの車のライトが通り過ぎる公道を左に曲がり、自宅へ向かい走る。ゆるい坂道とはいえ、上り坂は結構キツイ。まだ留守の家ばかりだったのか、住宅街を通っていても家の明かりがほとんどなく、所々ある街灯がついているだけだった。自宅までの坂道を、息を切らし、とにかく駆け上がった。
そして私の右腕の痣の辺りがどんどん痛くなってくる。私は痛む右腕を抑える。
走っても走っても、その巨大な気配はゆっくりと後ろを追ってきていた。
電線にとまっている鳥たちも、街灯に集まる虫たちも、その気配が近付くごとに激しい羽音をたて逃げ惑う。その巨大な気配が街路樹に当たれば不自然に木の葉が落ち、通過した道は砂埃(すなぼこり)が舞い上がる。
夢中で走っているうちに嫌な予感は恐怖に変わり、ただひたすら逃げるのが精一杯。その時、長い髪を一つに結んでいた白いレースのリボンが取れたのも気付かないほどだった。
時々後ろを振り返ると、巨大な気配は黒っぽいということに気付く。そこから伸びる四足でゆっくりと歩く姿は、軽く住宅の1階の屋根を超えていた。私は必死に走った。
【こいつ!なんなんだよ!なんで私を追いかけてくるんだよ!とにかく…もっと広い場所探さないと!】
そう、今日に限って昼間の授業中から右腕は痛んでいた。生まれつきある右肩の痣の辺りからじわじわと。筋肉痛とも違う。腕の中で、何かが自己主張するような反応。今までも時々右腕が痛む時があったが、筋肉痛か何かだと思っていた。
例えば今日の昼間の痛みを筋肉痛でないとするなら、あの日アイツが現れた時のような、ピリピリする痛みだったと言えるだろう。
でも、今のこの痛みはなんだ。腕に力が入らない。ズキズキとして……
恐怖と痛みと夏の暑さとで、たくさんの汗が頬を伝った。私は家とは違う方向に走ることにした。
作品名:~双晶麗月~ 【その1】 作家名:野琴 海生奈