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約束~リラの花の咲く頃に~再会編Ⅰ

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「ああ、じれったい。やっぱり、私はこの時代の人間ではないので、この時代の人にふさわしい物の言い方はできません」
 その様子に、王が破顔する。
「そなたは相変わらず面白きおなごだな。では、そなたらしい言葉で良いから、教えてくれ」
「それでは申し上げます」
 莉彩は畏まって一礼すると、ありのままの想いを素直に述べた。
「まず、とても素敵です。格好良い、うーん、それから、ダンディだし、ハンサム。後は、相変わらずお綺麗ですね。女の私よりよっぽど綺麗で、お美しいです」
「だんでぃ? はんさむ?」
 今度は王が当惑した顔になるのに、莉彩はにっこり笑った。
「とにかく、とびきりの良い男という意味です」
「―」
 流石に王が押し黙ったので、莉彩は慌てた。
「申し訳ございません。私ったら、つい殿下にこうしてお逢いできて、嬉しくなってしまって、幾ら何でもあまりに馴れ馴れしいというか失礼なことを申し上げてしまいました」
 狼狽える莉彩を前に、王がフッと笑う。
「良いのだ。莉彩。十年前のそなたはまだ私が王であるということに遠慮して、固くなっていた。だが、今は本音を語り、ありのままのそなたを見せてくれる。私はその方が嬉しい。そなたの言葉を借りれば、十年前のそなたも好きであったが、今のそなたの方がもっと好きだ」
 直截な言葉に、莉彩の頬が紅く染まる。
 そんな莉彩を見て、王が瞳が優しげに細められた。
「そなたは、幾つになった?」
「二十六になりました」
「そうか。十年前はまだ蒼く固い果実、開かぬ蕾のようであったが、見事に花開いた。そなたをこうして目の当たりにすれば、十年という年月は、けして短くはなかったのだと自ずと知れる。私を前に怯えてばかりいた少女が成熟した美しい女になるのだからな―」
 王の言おうとしていることは、莉彩にも判った。
 十年前の夜にも、王がこうしてお忍びで莉彩の部屋を訪ねてきたことがあった。その時、莉彩を抱こうとした王に、莉彩はあらん限りの力で抵抗した。
―私に抱かれる覚悟もないくせに、私の傍にいたいなどと申すな。
 あの夜、王はそう言って部屋を出ていった。
 王がつと手を伸ばし、莉彩の手を取った。大きな手のひらが莉彩のやわらかな手を包み込む。
「柔らかい手だ」
 王が莉彩の手を握り込んだその掌に少し力を込める。
「あ、あの」
 莉彩は狼狽えて手を引こうとするが、王の手はなかなか離れてはくれなかった。
 頬が熱くなるのは隠しようがない。
「可愛い手だな」
 片手で握りしめた莉彩の手を更にもう一方の手でも包み込み、莉彩の手は完全に王の両手に閉じ込められた形になった。
「お放し下さいッ」
 莉彩は動転するあまり、王に挟み込まれた自分の手をそこから夢中で引き抜いた。
 王自身もさして力を込めていなかったと見え、あっさりと手は抜けた。
 もしかして、また、怒らせてしまった―?
 莉彩が身を縮める。
 途端に、王が弾けたように笑い出した。
「こちらは相変わらずだな。成長したのは外見だけで、中身は十年前と変わらずの子どものままか」
「まぁ、失礼な。私は、もう子どもじゃありません」
 反省はどこへやら、頬を膨らませる莉彩に、王はますます愉しげに声を上げて笑った。
 ふと王の表情に翳りが差す。
 もう一度、そっと手を握られる。
 今度は莉彩も流石に抗わなかった。
「荒れているな」
 王は莉彩の小さな手を愛おしげに撫で、しげしげと眺める。
「随分と手が荒れている。女官と申しても、そなたは水仕事や掃除など下働きと同様の仕事をしていると聞いておる。苦労が多いのだろう。今の暮らしが辛くはないか?」
「いいえ。ちっとも辛くなんかありません。殿下、元々、私は身体を動かす方が好きなんです。むしろ、部屋でじっと大人しくしていなさいと言われる方が辛いくらい」
 莉彩が微笑むと、王もつられたように固い表情をわずかに緩ませた。
 思案顔になり、王がふと呟いた。
「莉彩、私の側室にならぬか」
「え―」
 最初、莉彩は王の科白の意味を計りかねた。
 が、ややあって、その意味を悟り、頬がまたカッと赤らむのが自分でも判った。
「それは、一体どういう―」
 どういう意味なのか。そんなことは訊かなくても判っている。幾ら二十六にもなって一度も男性経験がないからといって、莉彩だって、〝側室〟が何を意味し、どのようなことをするのかくらい知っている。
 でも、この場で側室の務めについて言及するのは気が引けた。莉彩が愕いたのは、王が何故、ここでいきなり側室になれなどと言い出したかということだ。
 莉彩の戸惑いは端から予想していたらしく、王は穏やかな声音で続ける。
「むろん、そなたがその気になるまで待つ。それを口実にそなたを強引に我がものにしようと企んでおるわけではないぞ。だが、側室という立場になれば、一介の女官とは違い、そなたを守ってやれる。このように手が荒れる辛い仕事なぞせずとも良いし、きれいな着物や美しい簪も買ってやれる」
―そなたを側に置いて、守ってやりたいのだ。
 王の優しさは、莉彩にもよく理解できた。
 嬉しさが込み上げ、莉彩は眼頭が熱くなる。
「殿下のお気持ちは嬉しいです」
「そなたを抱きたいと思う気持ちは正直申せば、私の中にないとは申せぬ。いや、このように大人びて美しうなったそなたと二人きりでいると、私自身、一日も早くそなたを私のものにしたくてたまらぬ。だが、莉彩。私が欲しいのは、そなたの身体だけではない。私はそなたのすべてが欲しいのだ。今、ここでそなたの身体を奪うのは容易いが、それでは、私は、そなたの心を永遠に失うことになるだろう。ゆえに、私は厭がるそなたに無理強いをするつもりは毛頭ない」
 そなたが欲しいのだ。それは、あまりにもストレートな言葉だった。だが、それだけ王の莉彩への想いが伝わってくる。この時、莉彩は初めて、自分もまた愛する男から愛されているのだと実感した。
「先ほども申し上げたように、私は今の仕事を辛いと思ったことはありませんし、着物も簪も欲しくはありません。私はただ、殿下のお側にこうしていられれば十分。いえ、時折殿下のお姿を遠くからお見かけするだけで良いのです」
 莉彩の眼に涙が溢れ、つうっと透明な雫がころがり落ちた。
「莉彩は可愛いことを申すな」
 王が笑って手を伸ばすと、人さし指でその涙を拭った。