漢字一文字の旅 二巻 第一章より
十二の六 【鱧】
【鱧】(はも)は「魚」に「豊」、卵を多く抱き、美味しく心豊かになる魚だからだ。
夏の京都、魚が少ない時季ではあるが、旬の魚は【鱧】。
鱧おとしに鱧しゃぶ、鱧のたれ焼き等々、美味の極みだ。
こんな鱧、その生命力は並大抵のものではない。
昔、海から遠く離れた京都で鮮魚がなかなか手に入らない。夏場となれば余計にだ。
だが、僅かな海水の箱に入れられて、山道を運ばれた鱧、それでも死なない。
たとえ山道で海水ごとひっくり返しても、ヌルヌルとどこかへ逃げて行く。
後日、山の人が鱧を発見する。
そして噂された。「鱧は山で捕れる」と。
鱧にはこんな伝説までもがある。
だがこの魚、いざ食べるとなると結構やっかいだ。頭から尾っぽまで小骨だらけ。
そこであみ出されたのが骨切りという技法。
とにかく小刻みに包丁を入れて、骨を切ってしまう。
板前さんは一寸(約3センチ)の身の長さの中に、24切れ包丁の目を入れるとか。
そして、よりプロとなると、やれ26、いや27の切れ包丁の腕前があると競われてきた。
古都に今年も夏が巡ってくる。
鴨川の床で、東山の月を愛でながら、伏見の冷酒一献。
もちろんお伴は、白身の鱧おとし。
これこそ至福の一時でもあり、【鱧】の強い生命力を頂くことにもなる。
作品名:漢字一文字の旅 二巻 第一章より 作家名:鮎風 遊