漢字一文字の旅 二巻 第一章より
十二の一 【妖】
【妖】は、神に仕える女が両手を振りかざし舞い踊る形だとか。
確かに妖しい姿に見える。
いわゆる「妖艶」で、【妖】とはなんとぞくぞくとする漢字だろうか。
だが、同じぞくぞくでも恐いのが「妖怪」。
古くから日本に多く棲み、今もあちこちでウロウロしている。
いくつか列挙してみよう。
奥山に棲み、人を食らう山姥(やまんば)。
ネコの妖怪の猫又(ねこまた)。
つむじ風に乗って現れて、両手の爪で鎌のように切りつける鎌鼬(かまいたち)。
頭が牛で、首から下は鬼の胴体、それは牛鬼(うしおに)。
こいつは獰猛で、浜辺を歩く人間に毒を吐きつけ、食い殺す。
滑稽でお馴染みのヤツは、提灯お化けにろくろ首。
他にもいる。
五徳猫(ごとくねこ)に蟹坊主(かにぼうず)、お歯黒べったりに砂かけ婆。
並べれば枚挙にいとまがない
そしてこんな妖怪たちがぞろぞろと練り歩くのが「百鬼夜行」。
この行進日は昔から決まっていて、正月、二月子日、三、四月午日、五月六月巳日……とある。
こんなにも頻繁にあるとなれば、不運にも出くわしてしまうことがあるだろう。
その時は呪文を唱えること。
「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ」と。
こう「拾芥抄」(しゅうがいしょう)という中世日本の百科事典に書かれてある。
意味不明だが、とにかく「カタシハヤ……」と唱えなければ、妖怪たちに弄(もてあそ)ばれて、最後は食われてしまう。
だが男にとって、もっと日常的で、注意しなければならない妖怪が縁障女(えんしょうじょ)だ。別名、飛縁魔(ひのえんま)。
菩薩のように美しい女性だ。
しかし、中身はそれはそれは恐ろしい夜叉。
色香で男の心を迷わせ、家を失わせ、そして身を滅ぼさせる。
果ては命まで取ってしまうのだ。
こんな縁障女(えんしょうじょ)、あなたの近くに棲み、あなたを狙ってるかも知れないぞ。
とにかく【妖】という漢字、人をぞくぞくさせるのだ。
作品名:漢字一文字の旅 二巻 第一章より 作家名:鮎風 遊