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漢字一文字の旅  二巻  第一章より

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一の四  【酒】



【酒】、右部は酒樽の形だとか。

ドイツのことわざで、【酒】は「酔って狂乱、醒(さ)めて後悔」
まったくその通りだ。
しかし、「酒は茶の代りになるが、茶は酒の代りにならぬ」で、毎晩飲まずにはおられない。

その挙げ句に、「酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである」となる。

徒然草の二一五段、今から七五〇年ほど前の鎌倉時代のこと。
鎌倉武将の北条宣時(のぶとき)が、時のナンバーワンの北条時頼に、夜中急に呼び出されて屋敷に出向いた。いわゆる上司に呼び出されたのだ。
そして、上司の時頼は銚子と素焼きの杯を持って出て来て、命令する。

この酒を ひとりたうべんが さうざうしければ、
肴(さかな)こそなけれ、人は静まりぬらん。
さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給ヘ

要は、
一人で酒を飲むのは寂しい。それで、お前を呼び出したが、肴がない。
みんな寝静まってしまったものだから、どこにあるのかわからない。
だから、お前が肴を探してこい、と。

まあ、いつの世も上司は勝手なものだ。
「酒の肴を探すために、深夜に俺を呼び出したんか!」と、きっと宣時は叫びたかったろう。

それでも宣時は文句一つも言わず、紙燭(しそく)に火をともし、くまなく探した。
そして、台所の棚にあった小土器(こがはらけ)に見つけたのだ。

そこに味噌の少しつきたるを見出でて、
これぞ求め得て候と申ししかば、事足りなんとて、心よく数献(すうこん)……。

つまり、小皿に付いていた味噌を見つけて、それを肴にして、数献の酒飲んで、上司の北条時頼様はご機嫌さんになったという話し。

こんな酒飲みのいじましい上司、今の世にも──おるおる──蠅のように。

そして我が高校時代、アル中の古文の先生、これを教えながら「なんと情緒があることか」と悦に入っていたのを思い出す。

とにかく【酒】という漢字、脳を解放させ、最後に
『海よりもグラスの中で溺れる者が多い』……という結論になるようだ。