漢字一文字の旅 二巻 第一章より
二の一 【夢】
【夢】
それは古代、巫女(みこ)の呪術によってあらわれるものと思われていた。
したがって巫女が祈りをしている形に、「夕」が組み合わさったものだと言われている。
そして鎌倉時代。
日常生活の中で、よく夢が売買されていたらしい。
『曽我物語』の二巻に「時政が女の事」という話しがある。
武将・北条時政に三人の娘がいた。
その次女(十九歳)が、ある日、
「高い峰に登って、月日を左右の袂(たもと)におさめ、橘(たちばな)の三つなった枝をかざす」
そんな夢を見たと言う。
要は夢の中で、月と太陽を自分の懐に入れてしまったのだ。
そして三つの実がなる橘の枝をかんざしにしたと。
次女はこれを凶夢だと思い込み、姉に打ち明けた。
その姉貴こそが、後に源頼朝と結婚する北条政子だった。
このお姉さん、その夢は天下を取るような吉夢だと知っていた。
だが、なかなかズッコイところがあり、
唐物の鏡、それプラス小袖で、その夢を妹から買い取った。
そして自分の夢としてしまった。
現代価値で、多分十万円くらいでお買い上げになったということだろう。
そしてその後の政子、頼朝と駆け落ちし一緒になる。
それから尼将軍まで昇り詰め、天下を本当に取ってしまったのだ。
しかし、ここで気になるのが、吉夢を売ってしまった妹、北条保子。
その後の生涯は一体どうなったのだろうか?
記録によると、後は阿波局(あわのつぼね)と呼ばれたそうだが・・・、
吉夢を売ってしまい、千載一遇のチャンスを逃し、やっぱり波瀾万丈だったとか。
そして、いつも
「なにやら今の世は薄氷を踏むような思いだ」
こう漏らしていたそうな。
とにかく【夢】・・・たとえば「初夢」、
『一富士二鷹三茄子、四扇五煙草六座頭(しせんごたばころくざとう)』
これは吉夢だ。
迂闊にも、お年玉と交換しないように。
作品名:漢字一文字の旅 二巻 第一章より 作家名:鮎風 遊