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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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ウロボロスの脳内麻薬 第八章 『スレチガイ交差点』

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 そう言いながら唐鍔牧師は銃(じゆう)床(しよう)を叩きドラクロアをより深く大神の右眼に喰い込ませる。そして銃(ひき)爪(がね)に指をかけた。
「さあ、祈りな化物。
そして父・御子・御霊よ。これよりおこなう我が蛮行を見届け給え、赦し給え、贖(あがな)い給え───そうしてどうか、憎み給え」
 銃爪が引かれる。銃口から放たれるのは〝死を呼ぶ魔銀(オイルーン)〟を鋳造して作った一発こっきりの魔弾。それが脳に直接ぶち込まれ、後頭部の頭蓋を突き破って出てきた。
「アーメン」
 そう唐鍔牧師が呟くと同時に、大神は地に伏せた。
「牧師(センセイ)、大丈夫ですか!」
 駆け寄る永久。
「まぁ、な」
 溜め息まじりの声で言った瞬間、唐鍔牧師は形相を変えた。
「来るな永久!」
 彼女が叫んだのが早かったのか、それとも死んだと思われた大神が動くのが早かったのか。
「センセ────────────────────────!!」
 唐鍔牧師は大神に丸呑みにされた。

† † †

 ガタガタと電車は揺れる。
 ハッカは次の扉を開けず、座席に腰かけ夕陽に横顔を照らされながら一人黄昏ていた。
「…………」
 手を前で組み、意気消沈として項垂れている。
 唐突に、窓から射す光が途切れ車内が暗転する。
十数秒後《へびつかい座ホットライン》はトンネルを抜けた。
「どうして、扉を開けないの?」
 窓の外は海岸から一変して竹林風景へと移り変わっていた。そこで耳にしたのはハッカが初めてここへきた時、ちょうどこの竹林で逢った少女の声だった。
「亜鳥か……」
 ハッカはやおら首を持ち上げて言った。
「まだ扉は一つ残っているよ」
 そう言いながら、亜鳥は先頭車輌へ続く扉を流し見た。
「こわいんだ、アイツのことを知るのが」
「どうして?」
「う……受け止め切れる……、自信がないんだ。こわいんだ」
少年の肩は小さく震えていた。
「それは、彼女に対して? それとも過去の自分に対して?」
 ビクリとハッカは身を萎縮させた。
「わからない……どっちもかもしれないし、どっちでもないのかも……しれない」
「けど、こわいのね?」
 優しく諭す声。ハッカは奥歯でものを噛み締めるように、ゆっくりと静かに、そして確かに頷いた。
「そう。ならここで引き返す?」
「え──」
「あなたは決して、選ばれたからここにいるんじゃない。確かにわたしは彼女を救えるのはあなただけだとあの狼(こ)に教えた。けれどあなたはアルジャーノンではない、選ばれた存在、特別な存在ではないの」
「ぼくは……選ばれたわけじゃない」
「じきに、この列車は千本鳥居をむかえる。そうなれば後に待つのは虹蛇(ナギ)ノ杜(もり)だけ。あそこに捕らえられてしまえば、わたしの力じゃどうにもできなくなる」
「そんな! でも亜鳥はぼくを!」
〝助けてくれたじゃないか〟──そう主張するハッカに、亜鳥はそっと首を横に振った。
「わたしは全然、あなたを助けられてなんか…………ないよ?」
 下唇を噛むような、歯切れの悪い、はにかむ笑顔でハッカに返した。
「亜鳥……」
「でもあなたは違う」
「ぼくなんかに……何ができるって言うのさ。ぼくは、社長や永久クンたちみたいな特別なチカラなんてない。ただの非力な……、子供(ガキ)なんだよ」
「確かにあなたは選ばれた存在じゃない。けど、選ぶことはできる。むしろ選ばなくちゃいけない。選ぶことに、力の強弱なんて関係ない。必要なのは……〝覚悟〟だけ。零か一かの片方で、状況はどんな風にだって傾くんだから」
 そう言って、亜鳥はハッカの小さな手に握った。
 選ぶ……そうだ、ぼくはもう選んだはずだ。だからここにいるんだ。なのになんでこんな益体もないことしてるんだよ……。
「覚悟が……足りなかったんだ」
 ハッカは立ち上がり、亜鳥を見下ろした。
「行くの?」
「行くよ」
「覚悟は?」
「できた」
「ハンカチ、ちり紙は?」
「持ってる」
「じゃあ、行ってきなさい」
「うん、行ってきます」
 小さく肘から手を振る亜鳥に見送られ、ハッカは最後の扉のノブに手をかけた。
 ガチャリと音を立てドアは横へスライドする。中に広がっていたのは何もない空間だった。何もない白い床と白い天井だけの、何もない世界だ。
 ハッカはそこである違和感を覚えた。
「小さい……」
 身体が縮んでいるのだ。それはハッカが五歳ごろの時分の姿だった。
「いきなりどうして」という疑問はもちろん出てきた。しかし段々と、そういった思考や感情といった感覚が鈍麻になっていることにハッカは気付かずにいた。
「あ、の。ハ……ハッくーん」
 するとそこへあの少女がハッカへ駆け寄ってくる。
 ハッカは気だるげな眼差しで返事はせずに、視線だけをその方向へ傾けた。
「ね、ね、ねぇ! これ見て、これ!」
 そう言って差し出されたのはスエードを太い布で縫った灰色の犬のマペットだった。
「なんだよ」
 どうしてだか、少女の言うことが酷くどうでもいいように思えてくる。
「これね、これね、作ったんだ儚が! あの犬くんに似てるでしょ?
 ワン、ワン。仲良くしてほしいワン!」
 少女はぐいぐいとハッカの顔に手にはめたマペットを押しつけてくる。
「やめろよ」
 煩わしさにハッカは咄嗟に手を出した。少女の手にはまっていたマペットが、地面へ落ちる。その行動はハッカにとってまったくの埒外だった。なぜ自分がこんなことを彼女にしてしまったのか、まるで理解の外だ。
 混乱したハッカはその場から逃げるように踵を返そうとした時だった。

 ──そうじゃないだろ。

 自分自身の声がした。

 ──オマエは空っぽなんかじゃない、ただ知らないだけだ、他人を、なによりも自分自身を。

 するとハッカの眼の前に光でできた鳥居が現れる。鳥居はハッカに向かってきてその口の部分でちょうどハッカをくぐらせた。鳥居を抜けたハッカは五歳児から、一一歳の今の姿に戻っていた。
 ハッカは反転し少女の元へと戻った。
「あ……」
 落としたマペットを拾い上げ、それを少女へわたそうと手をのばす。しかし彼女は受け取る所か、怯えて身を縮めてしまった。
「もしかしたら、間違っていたのかもしれない」
「……え?」
「何もかもが間違いだったのかもしれない。だったら何もかも、ここから始めよう。二人で始めよう。出逢い方も、接し方も、新しい関係を、二人で見つけていこう。ぼくとオマエで──なぁ?」
 そう言ってハッカは微笑んだ。何の躊躇いも屈託もない、純真無垢な子供の笑顔で。
「ぼくの名前は麦村ハッカ。オマエの……いや、キミの名前を教えてよ」
 本来あり得ない一一歳の少年(ハツカ)と少女(はかな)の、出逢いの瞬間だった。

        † † †

「センセ────────────────────────!!」
 何たる生命力か、こうしている間にも大神は徐々に、確実に回復を見せている。まさに神代の一柱に並ぶに値する神性を秘めていた。
 まず右前足を、次いで左後ろ足を。唐鍔牧師に壊された頭部こそまだ戻っていないが、永久にズタズタにされた身体の六割は元に戻りかけている。
「センセー、センセイ、センセイ、センセ────!!」